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2025.08.18

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戦後80年、今こそ問い直す──「あの戦争」は何だったのか

「あの戦争」をふりかえる

「あの戦争」は、日本の長い歴史のなかで、もっとも大きな被害をもたらした災厄です。これを超えるものは今だかつてありません。

300万人を超える人が亡くなりました。2発の核爆弾をふくむ連日の空爆によって、国内の主要都市はほとんど壊滅しました。戦場では玉砕だの特攻だの、マトモな精神状態では行われないようなことが頻発しています。
どうしてこんなことになったんだろう? そこに至る前になんとかすることはできなかったのか。対処の方法はなかったのか。

歴史にifはないとはよく言われます。しかし、これはあまりにひどすぎる。あそこが違っていたならどうだったのか。戦は避けられたんじゃないか。途中でやめる方法があったんじゃないか。そう考えてしまうのは人情でしょう。本書はまず、「あり得たかもしれないいくつかのif」を俎上にあげています。
あの戦争はなぜ起きたのか。(中略)
端的にいえば、「日本が米国から石油を止められて、追いつめられたから」となるだろう。たしかに、それは大きな要因のひとつだった。しかし、ではなぜ石油が禁輸されたのか。「日本が南部仏印(フランス領インドシナ 引用者註:ベトナムなど)に進駐したから」。では、なぜそこに進駐したのか。当然そう問いがつづくことになる。もしそれが問題なら、さっさと軍を引き上げればよかったのではないか、と。
著者は「ことはそう単純じゃない」と語っています。まさにそのとおりで、知れば知るほど、「あの戦争」は不可避だったんじゃないか、と思えてきます。

ペリーが来たからいけないんだ

本書には多くのifとともに、「あの戦争」にたいするさまざまな考えを紹介してくれています。中でも印象的なのは、天才といわれた陸軍参謀・石原莞爾のエピソードでしょう。著者は「真偽は定かでない」と断りつつも、これを引用しています。

敗戦後の東京裁判において、石原は病床にあり、出廷が困難でした。米国人の検事は入院中の石原をたずねて尋問をおこないました。石原は検事に昂然と言い放ったといいます。「戦争犯罪人として裁かれるべきはあなたの国のペリーだ」

日本はそれまで鎖国していて(貿易はかぎられた国とかぎられた土地でのみおこなっていた)、日本だけで自足していた。開国をせまり、ことわったら大砲ぶっぱなすぞと脅したのはペリーじゃないか。日本は通商条約を結び富国強兵を旗印に帝国主義の道をたどらざるを得なかった。この戦争はその帰結である。ペリーが来なかったらこうなってなかった。戦犯はペリーだ!

日本は被害者なのか加害者なのか

本書は一貫して「あの戦争」と呼んでいます。あまり座りがいいとはいえないこのネーミングをあえて使用しているのは、戦争の呼び名を決めることで、稿のスタンスが決定されてしまうからです。
「太平洋戦争」という呼び名をつかえば、真珠湾攻撃に先立つ数年にわたる日中戦争(支那事変)を除外してしまいます。日本の加害責任はアジアでのふるまいが問題になることが多いですから、これはいかにも役不足です。ために「満州事変」「日中戦争」「太平洋戦争」をカバーする十五年戦争という呼称も使われています。『昭和天皇独白録』もこれにしたがっているため、この呼称が採択されることも多いようです。

しかし、どれを使おうとそれを語る人のイデオロギーと無縁ではありません。たとえば、上に引いた石原莞爾のエピソードは『昭和天皇独白録』とはまったく異なった歴史観にもとづいています。石原は起点を幕末に置くことにより、「日本は帝国主義の被害者である」という主張を展開しました。「日本=加害者」の視点とはまるで逆になっています。

「あの戦争」はいつ終わるのか

著者は「あの戦争」の記憶はやがて風化してしまうか、上書きされてしまうだろう、と語っています。上書きとは、もっとすごい戦争が起きて、「あの戦争」とはどの戦争のことかわからなくなってしまう事態のことです。後者でないことを願いたいですが、可能性はぬぐえません。

2つの望ましくない未来の可能性は認めつつ、著者は「理想論だ」と断った上で、戦争は記憶されるべきだ、論をしかるべきところに落ち着かせ、語られつづけるべきだ、と主張しています。

国や文明には、黄金時代があります。スペインなら無敵艦隊が活躍した時代であり、イギリスならヴィクトリア朝でしょう。ローマ帝国にもモンゴル帝国にもそれはあります。
日本の黄金時代は昭和といってまちがいない。政治的にも経済的にも軍事的にも、あれほど日本が世界に影響を与えた時代はほかになかったし、今後も望みにくい。
それは尽きせぬ教訓の泉として、小説やアートの豊穣な素材として、特権的に語られつづけるべきものである。著者はそう語っています。なるほどそのとおりだ、とおおいに納得しました。同時に、こう語ってくれた人はいなかったなあ、と感銘を受けました。
米国をはじめとする歴史展示を手がかりにするならば、われわれが日本の歴史を語る際にも、「一〇〇点かゼロ点か」といった極端な発想にとらわれる必要はない、という視点が重要になる。
日本では、右派と左派がしばしばそうした二項対立に陥ることで、歴史論争が硬直し、建設的な対話が困難になってきた。しかし、近代日本の歩みを、欧米列強に抗った正義の歴史として全面的に肯定する必要もなければ、逆にアジアを侵略した暗黒の歴史として一方的に断罪する必要もない。
あの戦争は、日本の近代史、あるいは近現代史という長い時間の流れのなかに位置づけて、はじめてその全体像が立ち上がってくる。その視点に立つことで、ようやくあの戦争は、過剰な肯定にも否定にもならず、落ち着くべきところに落ち着くのではないか。
スペースの都合で詳細は紹介できませんが、本書は世界を股にかけたフィールドワークをおこない、東南アジアの国々で日本がどのような評価を受けているかをレポートしています。合わせて、あまり取り上げられることのなかった戦争後期の東條英機の外交についても詳細に語っています。まったく未見の情報であり、足で稼がなければ得られないものです。
円の弱い時代に海外取材とは大した根性だ、と感心せずにはいられませんでした。熱い情熱がなければ不可能なことです。

著者によるテキストは、こちら https://gendai.media/list/author/masanoritsujita でもふれることができます。内容も意外性にあふれ面白く、いくつかは本書に記載されたエピソードを補完するものになっています。

レビュアー

草野真一

早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 何が便利で、何が怖いのか』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。

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