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2026.04.18

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エベレストは居酒屋だった!? ヒマラヤ8000m峰完全制覇の日本人女性の生き方

エベレストは本当に居酒屋なのか?

「エベレストが居酒屋なワケがない!」と思ったのだが、意外にもそうじゃないらしい。ヒマラヤにある8000m峰に登るには、標高4000m超えの地点にベースキャンプを設けて、高所に体を慣らしていく。そこは世界の登山家が集まる“社交場”で、カフェやバー、ディスコまであるのだとか。最近は金にモノを言わせるVIP登山家やセレブが、複数のテントを張って、中でコース料理を食べているというから驚きだ。

本書の著者・渡邊直子氏は、看護師として働いたお金を注ぎ込んで(ときには借金をしてまで)8000m峰遠征に通う生活を続けること10年。2024年10月に、シシャパンマという8027mの山に登頂して、日本人女性として初めてヒマラヤ8000m峰14座完登を成し遂げたスゴイ人なのだ。ヒマラヤ8000m峰14座完登とは、
イラスト/アコル
これらの山を全部登っているのだ。正直「どーかしてる」と思う。でも『イラク水滸伝』の高野秀行、『バッタを倒しにアフリカへ』の前野ウルド浩太郎から、古くは『エベレストを超えて』の植村直己まで「どーかしてる」人の本は絶対にハズレがない。間違いなく面白い。そんな渡邊氏は言う。
私にとってヒマラヤは、皆さんが仕事終わりに同僚や遊心と居酒屋で一杯やるようなもの。そんな“居酒屋通い”を続けていたら、いつの間にかヒマラヤの8000m峰に31回も登っていました。
全14座制覇だけじゃなく31回も登っている? 8000m峰は高尾山じゃないぞ!
現時点で、31回は世界の女性で最も多い登山回数なのだが、渡邊氏はそれをたいして誇ってもいなくて
もし誇れることがあるとすれば、看護師として働いた給料で登り続けていたこと、30回以上登っているのに、大きなケガや凍傷もなく、日本に無事帰っていることでしょう。
8000m峰遠征に、登頂することよりも楽しむことを第1の目的にしている人は、きっと世界で私一人だけだと思います。
本書には、危険と隣り合わせの登山についての話も書かれているが、その多くはヒマラヤでの楽しみについてページが割かれている。それが実に面白くて、こちとら高尾山の往復だけで、ヒザの痛みが1週間抜けない体だが、心だけはヒマラヤまでひとっ飛びだ。

シェルパとの交流

シェルパは一般に、登山ルートの開発、荷揚げ、荷下ろし、調理などのサポートを行う人たちと思われているが、彼らはネパールに125以上ある民族の1民族。登山家とシェルパは基本的に雇用関係であり、優れたシェルパを雇えるか否かは、登頂の成功に大きく関わる。だからモノを言うのは資金力。そして多くの登山家は、深くシェルパに関わることはない。先に、ベースキャンプが世界の登山家たちの“社交場”となっていると書いたけれど、登山家同士の会話は天気や出発日の話ばかりでつまらないので、著者はネパール語を学び、いつもシェルパたちと冗談を言い合って時間を過ごすのを「楽しみ」にしているという。そうしたシェルパとの繋がりが、結果的に14座登頂に繋がったと著者は言う。いや、その記録よりもシェルパとの繋がりこそが、著者の“宝物”なのだ。
シェルパといえば「命をかけてクライアントを守る」——そんな美化されたイメージをお持ちかもしれません。実際には、タフで勇敢な一方で、いい加減だったり、おっちょこちょいだったり、コンプレックスを抱えながらもプライドが高かったり。そんな“人間臭さ”を覆(おお)い隠さず見せてくれる存在です。
彼らがありのままだからこそ、ヒマラヤは、私が素に戻れる場所なのでしょう。
それが、エベレストが居酒屋である“ゆえん”なのだ。

そんなシェルパたちの考え方や価値観は、私たちのそれとは大きく違う。ご馳走したりプレゼントをあげたりしても、お礼を言う習慣がない。「太ったね」とか平気で言う。裏表がないといえばそれまでだけど、その一方で、村では口を利かない者同士でも、ヒマラヤに入ると仲良くする。憎み合っている者同士だったとしても、どちらかが亡くなると絶対に葬式に出席する。そうしたコミュニティのあり方は、厳しい生活環境と、彼らが信仰するチベット仏教(ラマ教)に深く根ざしている。チベット仏教徒の彼らは輪廻転生のような死生観を持っていて、死を悲劇と考えるより「次はもっと良い世界へ行ける」と考えるという。
死を恐れず、他者を思いやり、日々を自分の時間で生きる——。
私は「いい人生だったな」と笑って死ねるように、そんな自分に近づくための挑戦を重ねています。
だから、同じように自分に自信がなくて苦しんでいる人に伝えたいのです。挑戦は特別な人だけのものではありません。普通の人間だからこそできる冒険がある。続けることでしか見えない景色もあります。
世界を手の中のスマホで知る時代。そこからは知ることができない世界の豊かさを、この本は湛えている。読んで、心をヒマラヤに飛ばしてほしい。

レビュアー

嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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