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2025.10.22

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大好きなフィンランドへ念願の移住! 週末北欧部chikaさんの写真と日記で綴るエッセイ

フィンランド移住の夢をかなえた後の「まいにち」

ずいぶん長いこと会っていない友達とひさびさに顔を合わせておしゃべりをすると、たいていとても元気が出る。植物の葉っぱが黙々と伸びていくように、みんなの人生がそれぞれに広がっているのを感じるからだ。おとなになればなるほど「まいにち」のバリエーションは増えていく。通勤電車の中で「まいにち同じだな!」なんて感じる朝も当然あるけれど、子どものころよりも自分で自分の人生をチョイスできるぶん、実は大きな変化が静かに積み上がっている気がする。

フィンランド移住1年目から3年目までの「まいにち」をつづった『まいにちヘルシンキ』も、そういう静かで大きな変化を味わえるエッセイだ。

クリスマスマーケットで買ったストロベリー仕立てのホットワインのおいしさや、サウナ大国フィンランド流のワイルドなサウナ、フィンランド人の同僚が作ってくれた“ちらし寿司”に元気をもらった夜。まいにちの暮らしに含まれるハッピーなことや、大変だったことが、写真と日記、それからかわいいイラストで描かれる。まいにちが、やがて大きな織物のようになっていくのがよくわかる。

著者の週末北欧部 chikaさんは、フィンランドが大好きすぎて本当にフィンランドに移住してしまった人。移住の夢をかなえるために、日本で会社員をしながら寿司職人の学校に通い、修業し、フィンランドで寿司職人の仕事を得た。
フィンランド移住の夢をかなえた後の「まいにち」
夢って、ちゃんとかなうんだなあ……。chikaさんの寿司修業時代のお話は『かもめニッキ』という作品でたっぷり読める(ちなみに、白くて丸いおもちのようなchikaさんの自画像は“かもめ”がモチーフ)。そしてchikaさんの前向きさや豊かな心は『世界ともだち部』を読むとよくわかる。どちらもキュート&ダイナミックで楽しい。おすすめだ。

フィンランドへようこそ

さて、『まいにちヘルシンキ』は、chikaさんのヘルシンキ初日の日記から始まる。気温はマイナス2度で(この本ではそのときの気温とお天気が記されている)、荷物はスーツケース1つと段ボール箱が3つ。住む場所は、とりあえず1ヵ月間のレンタルアパート。

この日は、chikaさんがフィンランドにあたたかく迎えられたことがわかる記念すべき日だ。私はこの日が大好きで何度も読んでいる。
アパートの大家さんからの「フィンランドへようこそ」というメッセージとワインやフィンランドのチョコレート。日記の左下に添えられているイラストと文章は、当時をふりかえっての書き下ろし。本作はこの書き下ろしがとても効いているのだ。フィンランドでの生活やchikaさんの人生が、当時は想像もしなかった展開を迎えていることがさりげなく触れられている(ヘルシンキのお店情報が載っていることも!)。

たとえば、初めて「日本に帰りたい」と思った日。意外と早くやって来たその日に何があったかは読んでいただくとして、「夢の先に来ても、不安で『帰りたい』と口に出す日もあるんだなぁ」「まあ、やるしかない」と、当時の日記には書かれてある。そしてその日を振り返る3年後のchikaさんは「後にも先にも『日本に帰りたい』と思ったのはこの日だけだった」とも書いていて、とても胸が熱くなる。

ふとしたことで「帰りたい」と心細くなったり、それでも「まあ、やるしかない」と前を向いたり、そういう瞬間の景色や匂いは、新しい環境に飛び出した経験のある人なら、きっと覚えがあるんじゃないかなあと思う。

そしてそれらの気持ちが、まいにちの暮らしのなかでいつの間にか軽くなる喜びもこの本では優しく描かれている。

理想の働き方は自分で作る

移住は、旅行や長期滞在とは根本的にちがう行為だ。その土地の一員となり、働き、生活を積み上げていく。
フィンランド式のスーパーは量り売り。ひとり暮らしにも使い勝手がよいらしい。旅先でスーパーを見てまわるのが私も大好きなのだけど、旅行者だとどうしてもお肉や野菜までは買えないから、chikaさんの日記を読んでワクワクした。

そして銀行口座がやっと開設できてホッとするのも、旅行では味わえない、移住ならではのエピソード。
chikaさんが銀行のカードを手にしたのはヘルシンキ生活開始から103日目。初日はマイナス4度だったのに20度と暖かい。そう、まいにちは確かに進んでいる。深いブルーの銀行カードの横にチラッと写り込んでいるムーミンのマグカップもかわいい(プリントされているのは、ムーミンたちの“移住”を描いた「ムーミンパパ海へいく」の挿絵!)。

美しい街並みや自然、フィンランド人のライフスタイル。そういう、私たちがなんとなくイメージしている「北欧の、素敵でよいところ」から一歩踏み込んだ「まいにち」も、本書はていねいに描いている。413日目の日記が私は忘れられない。
このページの何もかもが好きだ。chikaさん本人の判断に委ねる慎重なお誘いの電話も、夕暮れの牧場の美しさも、そこでchikaさんが感じたことも。とくに次の言葉は、移住から1年以上たって、たくさんの人と言葉を交わし、いろいろな経験をしたchikaさんが自分で見つけた宝物だと思う。
「仕事終わりの平日夜、こんな自然の中で過ごせるフィンランドの人たちは素敵(すてき)だな…」
と思いかけて、すぐに、
「いや違う、この自然も、暮らし方も、ここに生きる人たちが自ら選んで守ってきたものなんだ」
と思い直した。

(中略)
「夢の場所に住めば、理想の暮らしができる」というわけではないことに気づかされた。
これはchikaさんのこれまでの生き方にもつながる言葉だ。自分の人生や自分の暮らしは、自分で選んで作っていくもの。自分の意志を大切にして自由でいることは、実は楽ちんなことではなく、むしろ大変なこともたくさんあるが、手を掛けるだけの値打ちがある。

1日目から一気に読むのもよし(波瀾万丈だ)、なんとなく開いたページをゴキゲンに読んで、一気に1年後にジャンプしてchikaさんが選んだ人生にうなずくもよし。どんな読み方でも、自分のまいにちを前向きに選びたくなるエッセイだ。

レビュアー

花森リド

ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。

X(旧twitter):@LidoHanamori

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