北欧が好きすぎる人の絵日記(ニッキ!)
日記ほどフリースタイルの読みものはそうそうない。イラスト、手帳のすみっこに書き留めた一言メモ、小さな文字がノートを埋め尽くす数万文字の大作、改行いっぱいのブログ、ぜんぶ日記です。もちろん内容もフリースタイル。だって日常は誰にでもあるから。
誰かの日記を読むのが楽しいのは、その誰かのまなざしを通して大切な日常に触れられるからだと思います。第三者が作ったドキュメンタリーやフィクションとの違いもそこ。しかも書いた人のことを大好きになる。日記はフリースタイルだから、その人そのものがビビッドに表れるのかもしれません。『かもめニッキ』の著者“週末北欧部 chika”さんのことも大好きになりました。
赤い帽子を頭にのせたニコニコ顔のまるっこいかもめがchikaさん。この日の日記は、お寿司屋さんでの修業の様子を描いています。chikaさんは会社員で、週末だけ寿司学校に通っています。ところでどうしてお寿司?
実はこれはchikaさんの大いなる計画によるもの。chikaさんは2022年春にフィンランドのヘルシンキへ移住しました。
20歳の冬。私は初めて訪れたフィンランドに“一目惚れ”し、「いつかここに住みたい」と思った。文系の営業キャリアで英語力は中級、フィンランド語も話せない私が「フィンランドで暮らす」なんて夢のような話だったけれど、可能性を探すうちに「フィンランドで寿司職人になる」という道が浮かんできた。(中略)そんな希望を胸に、一目惚れから11年…
31歳になった私は、ついに会社員を続けながら週末寿司修業を始めた。
11年前の一目惚れをずっと大切に大切に育てて、2022年にその夢が叶ったんです。本作『かもめニッキ』は、まさに夢が叶う直前の日記。お寿司屋さんでの修業の様子をもう少し紹介します。
「ひょー」って焦(あせ)っているときも、「ヒラメ…かわいい…」とぷるぷる感動しているときもニコニコ。
おうちに帰ったら絶対くたくた。でもずっと笑顔。自分で「やりたい」って決めたことをニコニコとていねいに実行して、少しずつ手応えを感じるのってうれしいだろうな。つい似たような表情で読んじゃう。
なお、寿司学校は週末のみですが、平日にも寿司の特訓をします。この「お寿司の自主練」のエピソードも大好き。
chikaさんはニコニコしているけれど「※深夜」って書いてあるしスパルタな生活だったはず。でも、「眠かろうに」より練習のおもしろさのほうが伝わってくる。そして「ベーコンやたくあんが握りの自主練にいいらしいよ!」って友達に言いたくなる。その子が寿司職人を目指してなくても、なんならお寿司やベーコンを食べているときじゃなくても脈絡なく唐突に言いたい。そう、chikaさんの絵日記には、誰かにちょっと話したくなるエピソードがいっぱいあります。
北欧への愛……だけじゃない!
大好きすぎるフィンランドと、夢を叶えるための寿司修業と仕事と英語の勉強の毎日なのだけど、『かもめニッキ』にはいろんな「好き」が登場します。読み進めるにつれて、人生ってペタっと一色で塗っちゃうような単純なものじゃないやって思い出すんです。
chikaさんの実家に一大ムーブメントを巻き起こした「幻のキムチ」。一口食べれば歓喜! おいしそうなことこの上ない。この幻のキムチは描きおろしにも登場します。
「猫のもいもい」も忘れられないエピソード。一緒に泣いてしまう。
寿司学校の友達とのおすそ分けの話も愉快でかわいい。
ね? いろんな味の小さなキャンディを詰め合わせたようなマンガです(装丁もキャンディの包み紙のようでとてもかわいい)。
こうやってchikaさんが綴った毎日は「ささやかな日々」ではないし「バイタリティあふれる激動の日々」もちょっとちがう気がします。読んだあとに残るのは「いそがしかったね」じゃなくて「いい人生だなあ」なんです。chikaさんが日常に向けるまなざしが楽しい。
誰かが大切に生きている日常と、その人があたためている夢をちょっと一口分けてもらうような、そんな作品です。フレッシュで、繊細で、とてもあたたかい気持ちになります。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。