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2024.11.07

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気仙沼の「カキじいさん」が、カキをとおして地球の未来を考える紀行エッセー

カキじいさんが世界を旅する理由

11月になると私の暮らす街のスーパーに宮城県産の立派なカキが並びます。これがもうたまらなくおいしいのです。こんなにおいしいものがこの世にあるなんて! と、毎年バンザイをしたくなるくらい大好き! ということで、だいぶ気が早いなあ思いつつも、毎年10月中頃からスーパーのお魚売り場をソワソワと歩いては「カキはまだか」と待っています。

『カキじいさん、世界へ行く!』の著者である“カキじいさん”こと畠山重篤さんは、宮城県気仙沼でカキを養殖している漁師。そして畠山さんは1989年から山で植林活動を行う「森は海の恋人運動」を始め、現在も続けています。2011年に国連の「フォレスト・ヒーローズ(森の英雄)」に選出され、その活動が世界的に認められました。

この「森は海の恋人運動」と、世界中で愛されているカキこそが、本書で語るカキじいさんの「旅」の大切な鍵。小学校高学年〜中学生の読者が読みやすい文章と構成になっていますが、カキ好きの老若男女にぜひ読んでいただきたい紀行エッセーです。

海と森が大好きになって、旅のおもしろさの根源がよくわかる本。フランス、スペイン、アメリカ、中国、オーストラリア、ロシア……カキじいさんの旅するところ、常にカキと森と“鉄”があります。カキじいさんは、旅じいさんであり、鉄じいさんなのです。そして全てがつながっていて、長い時間と遠い距離をこえて、ひとつの大切なことに行き着きます。あー読んでよかった!

「森は海の生物を育んでいる」

1984年、カキじいさんは縁あってフランスのブルターニュ地方と沿岸域のカキ養殖場を見学する旅に出ます。日本とフランス、共にカキを愛する国とはいえ、さまざまなカルチャーショックを受けるカキじいさん。なかでも衝撃だったのはフランスの海辺でした。
食文化ばかりでなく、海辺も日本と違うのです。特にロワール川が注ぐ、ブルターニュ地方の生物の多様性には驚きました。わたしが子どものころ、海辺で遊んだ小動物が、うじゃうじゃいるのです。(中略)
さらに驚いたことには、川一面にシラスウナギ(ウナギの稚魚)が上流を目指して登っているのです。(中略)
「川の環境がいいんだな。」と、わたしは感じました。
そこで、海辺から内陸部に川をさかのぼってみたのです。すると、落葉広葉樹の大森林が広がっているではありませんか。
(中略)
「森は海の生物を育んでいる。」
わたしは、フランスでそのことを確信したのです。
このときフランスで見た豊かな光景が忘れられないカキじいさんは、帰国後、気仙沼のカキ漁師たちと豊かな海をつくることについて話し合った結果、
「室根山(むろねさん)に、漁師が植林したらどうだべ。海から見えるところに。」
となり、植林活動が始まります。この植林活動はやがて「森は海の恋人運動」となり、2011年の東日本大震災で大きな傷を負った気仙沼でカキ養殖が再開されるときにも、とても大切な役割を果たします。そのことについて語られる第6章で思わずため息がでて、鳥肌が立ちました。

なぜ森を育てることが豊かな海やおいしいカキにつながるのかについて、カキじいさんはコラムや世界各地の旅先で見たものや出会った人との会話をもとに、じっくり解説してくれます。

森の葉っぱは、やがて腐葉土となり「フルボ酸」という物質を生みます。そして地下水とともに川へ流れ込み、鉄をくっつけて、海にたどり着き、植物プランクトンの発生につながります。そして植物プランクトンは、カキのえさ。はい、森とカキがつながりましたね。

このイラストを見ると、森と海のつながりがさらによくわかるはずです。
(c)スギヤマカナヨ
ちなみに本書では「植物プランクトンの味」も教えてくれます。どんな味かはお楽しみに!

リアス海岸の「リアス」の由来

それにしても、カキじいさんを世界中に旅立たせる原動力はどこにあるのでしょうか。カキじいさんは何度も「行ってみたくなりました」と説明します。これがめちゃくちゃ面白いんですよ。旅行好きとしては「わかる!」と握手をしたくなる。

例えば第2章の旅先スペインへ行くきっかけとなったのは、リアス海岸の「リアス」がスペイン語だと知ったから。
このことを知るまで、わたしは三陸海岸が、世界のリアス海岸の中心だと思っていました。でも、スペイン語であるなら、とうぜんスペインのどこかにリアス海岸があるということです。(中略)
そこは、「ガリシアの海でとれないものはない」といわれるほど豊かな海で、スペイン最大の漁業基地があることでも有名でした。(中略)
リアスの名前が生まれたスペイン、ガリシア地方へ行ってみたい。
どうですか、この好奇心と探究心がみるみるふくらんでいくさまは。旅は自分の見ている世界をぐっと広げてくれるものなんですよね。そして「知りたい!」と思って動けば動くほど、旅は新しい世界を教えてくれます。

この本は、カキじいさんがその強い好奇心と信念、そして「漁師の勘」によって、世界中に飛び出していく物語です。その旅は、人の縁をつないで、カキじいさんの人生を豊かにしていきます。

元祖リアス海岸を見に行ったスペインで幸運にも漁業協同組合長のビクトルさんと知り合えたカキじいさんは、ビクトルさんに「森は海の恋人」と伝えると……? (カキじいさんの旅では、こういうラッキーが本当にたくさん起こる!)
すると、ビクトルさんはニヤリと笑い、
「ここスペインでも『エル ボスケ エス ラ ママ デル マル(森は海の母さん)』といっていますよ。」
というのです。わたしは、ほんとうにびっくりしてしまいました。やっぱり漁師はどこでも、経験的に森が大切だと思っているのですね。わたしたちは思わず握手しました。
こんなつながりがあるの!? と私も驚くけれど、これはまだ序の口。世界は確かにつながっているということが、よーくわかる本なんです。

三陸沖とアムール川はつながっている

この本は、旅好き、カキ好き、そして地理好きにもおすすめしたいです。というのも、海の豊かさの大切な要素である植物プランクトンを起点に世界地図を広げたくなるから。

「おいしい魚がたくさん獲れる三陸沖は陸から遠く離れていて、つまり植物プランクトンを育てる鉄分が注がれる河口から離れている。ではなぜ三陸沖は豊かなのか?」を考えると……?

カキじいさんが出会った北海道大学の白岩孝行先生は、総合地球環境学と自然地理学の専門家。黄砂と青魚の漁獲量の結びつきを学んだ白岩先生が目をつけたのは?
青魚から黄砂の故郷、広大なゴビ砂漠を考え、気仙沼湾に流れる、たった三十キロメートルの大川から、ロシアと中国の国境を流れる全長約四千四百キロメートルのアムール川を想像しました。氷河の研究で登っていたカムチャツカ半島のウシュコフスキー山頂からオホーツク海をながめると、かすかに千島列島が見えます。その先には三陸沖、世界三大漁場ではありませんか。
あまりに壮大で、本当につながっているのかな? と不思議に思うかもしれませんが、イラストを見ると「おーっ」と声がでるはず。
(c)スギヤマカナヨ
なんてダイナミックでおいしそうな地図なんだろう。

アムール川にはどんな森が待っている? もちろんカキじいさんは「見たい!」と思って、見事その願いをかなえてしまいます。このロシア旅もすばらしかった! そして、もしも地球のどこかの森が損なわれたら、遠いどこかの海が影響を受ける可能性もあるのだろうと気がついてドキドキします。カキから海、川、森、そして地球につながる物語です。

「なぜ地球の自然を大切にしなければいけないのか」と子どもに問われて「なぜなら大切だからです!」と答えるのはあまりに不十分で、まったく誠実ではないけれど、じゃあズバリと伝えるのは、意外とむずかしいものです。ならば、サクサクの衣に包まれた揚げたてのカキフライを食べながら「このおいしいカキは、食卓に並ぶ前はどこにいて、海で何を食べて育ったか」を考えて、本書にガイド役になってもらいながら想像をふくらませていくと、確かな答えの一つが見つかるはずです。

カキじいさん、世界へ行く!

著 : 畠山 重篤
装画 : 白幡 美晴

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レビュアー

花森リド

ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。

X(旧twitter):@LidoHanamori

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