空気やマインドを動かす「音デザイン」の魔法
命を守るための強烈なアラートである「緊急地震速報音」。あの音を作ったのは一体どんな人物なのでしょうか。
『音でデザインする 「緊急地震速報音」は、なぜ緊張するのか』の著者であり、環境音楽家・音環境デザイナーの小久保隆氏です。
小久保氏は、六本木ヒルズアリーナの音デザインから、電子マネー「iD」の決済音、JRA自動券売機のサウンド・サインまで、私たちの身の回りにある数多くの「音」を手掛けてきた「音デザイン」のプロフェッショナル。
本書は、空間の空気やそこにいる人のマインドを動かす、魔法のような「音デザイン」の手の内を惜しげもなく見せてくれる一冊です。
「音“を”」ではなく「音“で”」デザインする
必要なのは単に美しいメロディを作ることではありません。その空間に何が必要か、求められる機能は何かを緻密に考え、コンセプトに沿って環境そのものを構築していくことなのです。音で何かを知らせるだけでなく、心地よい空間をつくり、リズムを生み、空間を区分けし、時には聞きたくない音を隠す。すべて「音デザイン」の力が可能にします。
第1章では、小久保氏のもっとも有名な実績である「緊急地震速報音」がいかにして出来上がったのか、そのプロセスが詳細に語られます。文中のQRコードで、実際にその音を聴きながら読み進められるのが本書の楽しいしかけです。採用バージョンだけでなく、ボツになったプロトタイプも聴くことができるのですが、思わず背筋が凍りました。ボツの理由が「怖すぎる」なのも納得です。
「鬼気迫る非日常」を表現しつつも、人々がパニックに陥らない絶妙なラインを探る。実際の音源を耳にすることで、音デザインの難しさと奥深さがよくわかります。
無意識を貫通し、空間を操る力
私たちが急いで歩いていても、誰かと会話をしていても、イヤホンをつけて音楽を聴いていても、その音は私たちの意識を貫通してきて「あ、乗らなきゃ」「どかなきゃ」という行動を促します。
第2章では、こういった社会の中にある「合図の音」にどんな意図が込められているかが解説され、音デザインの難しさ、また面白さを知ることができます。
「そんなこともできちゃうの?」と心が躍ったのは、小久保氏によるJRAの自動券売機のサウンド・サインに関するエピソード。
勝ち馬を予想して、馬券を買う。そこには気分を高揚させ、レースへの期待が膨らむようなサウンドが求められていると思いきや、クライアントの意図は全く違うところにあったのです。馬券を買う人々の心理を計算し尽くしたサウンドはどのようなものなのか。また、それを聞いた私たちの感覚はどのように上書きされるか。ぜひ、シチュエーションを想像しながら、QRコードで再生してみてください。
ほかにも、労働効率を上げたり、客層を選別したり、買い物したい気分にさせたり……。私たちの無意識を操る音の力は、読んでいてほんの少しだけ「怖さ」を感じるけれど、心が沸き立つような面白さがそれを塗り替えていきます。
また、人を動かすだけでなく「環境の一部」としての音の話も非常に興味深いものです。
第4章で解説される「1/f ゆらぎ(自然界に存在する心地よいリズム)」の知識が、第5章で語られる東京・芝浦のオフィスビル「グランパークタワー」の音デザインで鮮やかに伏線回収されていく流れも、音と同じくデザインされたような気持ちよさです。「静かであるべき」と思われがちなオフィスビルのエントランスやエレベーターホールにあえて音を加え、心地よく働くための工夫が凝らされた環境づくりは、「こんな場所で働いてみたい」と羨ましくなってしまうほど。
世界が違って見えてくる
同じ現象であっても、音が加わるだけで心の動きが全く違うものになる。私たちが普段何気なく耳にしている音の裏には、こんなにも緻密で不思議な「音デザイン」の秘密が隠されています。知れば、日常の風景が少し違って見えてくる(聞こえてくる)……この面白さを、ぜひ本書で体感してみてください。







