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2026.02.16

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「ふつう」に違和感があるすべての人へ──病気と健康のあいだを「違った見方」で考える本

「ふつう」であることの曖昧さ

私たちは普段、何気なく「ふつう」という言葉を使います。「ふつうは〇〇するよね」「あの人の行動はふつうじゃない」というように。しかし、「ふつう」と「ふつうじゃない」の境界線は、思いのほか曖昧なのかもしれません。

『「ふつう」ってなんだろう 病気と健康のあいだ』は、病や障害というテーマを通じて、私たちが無意識に信じている基準を揺さぶり、視界を広げてくれる一冊です。
医学だけでなく、社会学、歴史学、文化人類学、生命倫理学といった「文系」の視点を大胆に取り入れ、病や障害を単なる不運や肉体的なアクシデントとして処理するのではなく、「私たちが社会の中でどう生きていくか」という問題として捉え直します。

「健康な人はみんな似ているけど、病気の人はそれぞれ違う」と言われることがあります。しかし、医師である著者でさえ、名前も聞いたことがないような病気に出会うことが増えているそう。それは「医学の進歩で新しい病が発見された」というだけの話ではないのです。

ごみ屋敷の住人は、本当に治療すべき病人なのか? それとも生活様式の一つなのか? あるいは、自分の性別に違和感を持つことや、「五体満足であることが苦痛」と感じることは、医学的な「障害」という言葉だけで語れるものなのか。

本書は、こんな「即答できない」問いを通じて、私たちが信じている「ふつう」という枠組みの曖昧さを教えてくれます。

シームレスな「ふつう」と「ふつうじゃない」

本書を読み進めるうちに、「ふつう」と「ふつうじゃない」の間に明確な壁はなく、両者はシームレスにつながっているということに気づかされます。

第1章「新しい『精神疾患』を作るレシピ」では、近年話題になることが多い「ゲーム障害」や「HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン、いわゆる「繊細さん」)」、「ごみ屋敷」といった事例が取り上げられます。

かつては個人の性格や生活習慣の問題とされていたものに、ある時「病(障害)」としての名前がつく。そこには、時代ごとの社会の空気や価値観の変化が色濃く反映されています。
「ごみ屋敷の住人は、近くにいてほしくないヤバい人」――そう突き放すのは簡単です。しかし、本書はこう問いかけます。

デスクが書類の山になっている人は、病気のように「早期」から「進行」して、いずれごみ屋敷の住人になるのでしょうか?
誰かに喜ばれるかもと考え、古い服や小さくなった子ども服が捨てられずにいることは、病気への一歩なのでしょうか?

「ごみ屋敷の住人」と、ただの「ためこみ症の人」のボーダーとはどこにあるのか?と考え始めたとき、「自分は“ふつう”側にいる」という確信が揺らぎます。自分もいつ、「ふつうじゃない」との境界をまたぐことになるか、わからないのです。他人ごとだと思っていた「生きづらさ」は、自分ごととして、すぐそばにあったことに気づかされます。

他の生き方に想像を広げる

私たちはもっと「ふつう」を疑ってみるべきなのでは? そんな疑念は第3章「病気と健康の想像力」以降でさらに深まります。
特に心をざわつかせるのは、「植物状態」の人々に関する記述です。一般的に、反応がない植物状態の患者に対して、私たちは「意識がない(=人格がない)」と考えてしまいがちです。しかし、もし「意識はあるのに、それを伝える手段が一切奪われている」状態だとしたら……?

本書で紹介される事例では、外からは意識がないように見える患者に対し、脳スキャンを通して「テニスをしているところを想像してください」と語りかけたところ、健常者と同じ脳の部位が反応したといいます。
聞こえているし、考えている。けれど、それを外に伝える術はない。その孤独と恐怖は計り知れません。
だからこそ、「反応がない=意識がない」と即断してはならない。本書は、脳スキャンなどのテクノロジーを用いて意思を探ることを、単なる医療行為としてではなく、人間としての尊厳を守るための「合理的配慮」として提示します。

病や障害、心と体を題材に、エッセイのようにどこからでも読める本書は「文系の視点で」とあるように、平易で読みやすい語り口の一冊です。肥満、精神疾患、LGBTQ、医療倫理など、多様なトピックから浮かび上がるのは、私たちがまだ知らない「他者のさまざまな生き方」そのもの。

「病気と健康のあいだ」の世界には、私たちが想像力を広げる余地がまだまだあります。固定観念を解きほぐし、新たな視点を手に入れるために。ぜひ、ページをめくってみてください。

レビュアー

中野亜希

ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。

X(旧twitter):@752019

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