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2026.01.30

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白鵬はなぜ嫌われなければならなかったのか。白鵬、貴乃花……横綱たちの名勝負の裏側も!【角界不思議話】

本書は、大相撲取材歴四半世紀、ベテラン記者の手記である。現場で拾う生の声はおもしろい。本書には、その世界の住人でなければわからないような、うんちくや雑学、「角界不思議話」が満載だ。なかでも、著者が拾い上げる力士たちの、硬軟織り交ぜた「名言」が、なによりもこころに響いてくる。

著者はまず、こんな一言を紹介する。
「勝って騒がれるのではなく、負けて騒がれる力士になりなさい」
1939年1月15日、双葉山の連勝を69で止めた安藝ノ海に、師匠の出羽海親方が語ったとされる言葉だ。横綱とは何か、力士とは何を背負う存在なのか。その本質を、これほど端的に言い表した言葉はない。

大横綱白鵬は、2021年夏場所を最後に土俵を去った。相撲の取り口も私生活も奔放だった朝青龍とは対照的に、優等生のように見えた白鵬。しかし、その歩みは決して称賛一色ではなかった。相撲界を揺るがした不祥事が相次ぎ、人気が低迷した時代、勝ち続けることで角界を支えたのは間違いなく白鵬だった。それでも彼は、次第に「日本人横綱誕生への期待」という空気のなかで、悪役のように見られていった。

勝ち続けるがゆえに、勝利そのものが評価されなくなる。勝って当然、負ければ非難される。白鵬が背負わされたのは、単なる強さではなく、「横綱とはこうあるべきだ」という曖昧で重たい規範だった。

本書で描かれる象徴的な場面がある。福岡国際センターでの稀勢の里との一番。真っ向勝負の末に白鵬が敗れた瞬間、会場には観客の「万歳」の大合唱が響き渡った。師匠の宮城野親方(元幕内竹葉山)によれば、翌日の千秋楽の朝、白鵬は稽古場に姿を見せず、ちゃんこにも手をつけなかったという。そして、ぽつりとこう漏らした。
「自分がやってきたことは何だったのか」
暴力団の観戦問題、野球賭博、八百長事件――。相撲がファンに見放されかけた時代、勝ち続けることで歴史と伝統と誇りを守ってきたはずの白鵬。それなのに、敗れた瞬間に沸き起こった「万歳」。白鵬は「外国人では、やはりダメなのか」と自問する。しかし彼は、あの言葉にたどり着く。「勝って騒がれるのではなく、負けて騒がれる力士になりなさい」。勝っても評価されず、負けたときだけ喝采が起こる。その残酷な構造のなかで、横綱の孤独があらわになる。著者はそう締めくくった。

また本書には、角界の生活感や文化を伝える言葉も、ところどころに顔をのぞかせる。

たとえば、ブルガリア出身の元大関琴欧洲。来日当初の食事について、こんな言葉を残している。
「お米がダメでしたねえ。(米は母国でも食べるが主食としては食べない)砂糖をたっぷりまぶしたヨーグルトに入れて食べる『デザート』ですから」
外国人力士が「ちゃんこが染みる」(相撲界の作法や文化が体に入る)まで、食事ひとつ取っても相当な苦労があることが、実感をもって伝わってくる。

しこ名にまつわる話も洒落が効いている。
「海のものとも山のものとも分からないものに、海だの山だの付けられるか」
大正末に出羽海部屋を継いだ両國梶之助はそう語り、力士が幕下に昇進するまで、しこ名を与えなかったと伝えられる。名を授かるとは、存在を認められること。その他、しこ名のこぼれ話も満載だ。

名言はまだ続く。
「横綱は、みんな変わり者だよ。まともなのは、俺ぐらいだよ」(第61代横綱北勝海・八角理事長)
「人が綱を選ぶんじゃなくて、綱が人を選ぶんです」(第64代横綱曙)
「力士は(麻雀じゃなくて)花札だよ(略)ほら、脇がしまるだろ」(第52代横綱北の富士)
そして、個人的にもっとも「刺さった」のは、北の湖親方(私の子どもの頃からのアイドル)のエピソードである。
国技館の地下には食堂がある。そこで一緒に鍋をつついた時のこと。味に不満があったらしい。「ちょっと待ってて」と言うと、北の湖さんは熱燗2本鍋に注ぎ、しょうゆを足し、厨房から持って来させた砂糖も入れただろうか。汁を小皿にすくい、「どう?」。
段違いの味の奥行きに、「うまいですねえ」と思わず声を裏返すと、「でしょ?」とうれしそうに笑い、「食べて、食べて」。そして、わざと敬語で、ぼそりと……。

「自分は下積みが長かったもんですから」
あの時は汁を吹きそうになった。
(中略)
切れ長の目から放つ鋭い眼光。現役時代から、チラリとどこかを見ただけで、「にらまれた」と勘違いされた北の湖さん。だが、おかみさんのいない地方場所ではテレビをつけっぱなしにしないと夜も眠れない寂しがり屋で、冗談ばかり言う人だった。
こんな空間に居られる相撲記者という仕事。なんとも羨ましく思う瞬間である。

読み終えて、ひさしぶりに相撲を見に行きたくなった。娯楽の少なかった子どもの頃、テレビにかじりついて見ていた大鵬、北の富士、輪島、高見山、北の湖、千代の富士、若貴兄弟、曙……。好きな力士の名前を挙げ出すときりがない。だが、ここ数年は、ずいぶんと足が遠のいていた。

最後に、桟敷席を行き来する案内係、「出方(でかた)」の言葉を紹介したい。
「ジーパンはいて、リュックを背負ってちゃねえ。和服で来てくれとは言わないけれど、客自身も大相撲の風景にならなきゃ」
どうやら最近は、裏方への心付けなどのお作法を心得た「粋な客」が減ったらしい。やっぱり、土俵だけでなく、客も含めて相撲の風景なのだ。

「日本人は年を取ると相撲が好きになる」と、本書にはある。うん、わかる。ここのところ、急に関心を持ち始めている。
老後の推し活に、両国へ通うか。そんな気分にさせてくれる、相撲という文化の奥行きを、言葉の力で味わわせてくれる一冊だった。

レビュアー

中丸謙一朗

コラムニスト。1963年生。横浜市出身。『POPEYE』『BRUTUS』誌でエディターを務めた後、独立。フリー編集者として、雑誌の創刊や書籍の編集に関わる。現在は、新聞、雑誌等に、昭和の風俗や観光に関するコラムを寄稿している。主な著書に『ロックンロール・ダイエット』(中央公論新社、扶桑社文庫)、『車輪の上』(枻出版)、『大物講座』(講談社)など。座右の銘は「諸行無常」。筋トレとホッピーと瞑想ヨガの日々。全国スナック名称研究会主宰。日本民俗学会会員。

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