知の熱帯へ、ようこそ
ここに載るのは、ネットでは味わえない“野生の知性”。
それは、編集された情報ではなく、編集される前の衝動。
それは、教養ではなく、教養の源泉。
それは、エンタメではなく、エンタメの奥に潜む問い。
本誌から、いくつか記事を紹介していこう。
まずはピアニストの角野隼斗と、素粒子論、宇宙論を専門とする理学博士・野村泰紀の対談。ここでは1オクターブが12音になった理論的必然性から、ピタゴラス音律、天球の音楽へと展開し
他の惑星の知的生命体がロックやジャズを生み出すとは思えないけど、和音やリスムなどのベーシックな部分は共通している可能性が高いんじゃないですかね。(野村泰紀)
あと、ビジュアルで圧倒されたのが「アフリカン・アートの魔力 精霊を宿した『像』に魅せられて」だ。
ほかにも、まだまだ紹介したい企画がある。
たとえば「シン・自由論 「自由」について自由に考える 第1回 タトゥーと愚行権について(安田浩一)」。自由の価値についてのノンフィクション連載企画で、第1回目の題材はタトゥーの施術をしたことで医師法違反に問われた彫師をめぐる「タトゥー裁判」だ。タトゥーを彫るのに医師免許が必要だという不可解な法律。国家はそれを振りかざし、いとも簡単に職業選択の自由と表現の自由を侵犯した。しかし「彫師になる」という自由、「タトゥーをいれる」という自由は、多くの人には関係のない自由であり、日本におけるタトゥ一般のイメージの悪さから理解もされづらい。でも、少数の誰かにとってとても大切な自由だ。そんな自由についての10ページほどの記事だが、とても考えさせられた。
ほとばしる富野由悠季
富野 ドストエフスキーの作品にはすごい分量がある。おそらく全部読んで漫画を描いていないと思う。読んでいる暇がないから。(中略)
角田 つまり、手塚さんは『カラマーゾフの兄弟』も『罪と罰』も読んでいないと?
富野 全部は読んでないけど、ページは全部めくったかもしれない。
富野 自分に学識がなくてもそれほど照れる必要がないんだなと思えるようになったのは、50歳をすぎてからですね。
なんだ、そのオチは!
連続して3回読み直して、同じところで3回笑って、3回唸らせて、3回「富野サイコー」と思わせる対談だった。
さて、ここまで本誌をつまみ食いするように紹介してきたが、内容は本当にバラバラ。「雑誌とは、雑多な内容で構成されるがゆえにそう呼ばれる」などと言われる。そういう解釈でいえば、Tropicは実に雑誌だ(流通的にはムックになるのだが、それはさておき)。ただ雑誌には「完結しないメディア」という、もうひとつ大切な部分がある。それは出し続けることであり、変容しつづけるということ。Tropicを雑誌として正しく評価できるのは、ここから。楽しみに待つ!








