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2026.01.23

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『Tropic』発刊! 各分野で活躍する人々や旬のテーマが生み出す“知の熱帯”へ──

知の熱帯へ、ようこそ

『Tropic』は、とても「野心的な雑誌」だ。編集長は、TBSテレビで『さんまのスーパーからくりTV』などを手掛けたバラエティプロデューサーであり、文化資源学者の角田陽一郎氏。彼は、本誌の序文で、こう書いている。
ここに載るのは、ネットでは味わえない“野生の知性”。
それは、編集された情報ではなく、編集される前の衝動。
それは、教養ではなく、教養の源泉。
それは、エンタメではなく、エンタメの奥に潜む問い。
「雑誌が売れない」と言われて久しいなか、 “あえて”雑誌で勝負するのも野心的だが、目次(および表紙)に並ぶ内容、執筆者のラインナップを見て、さらにその思いを強くした。なにしろ巻頭が、「宇宙と物理と音楽と アーティストと物理学者は、なぜ響き合うのか 角野隼斗×野村泰紀」で、巻末が「オトナは! OTONAWA! MC:いとうせいこう、ユースケ・サンタマリア 第1回ゲスト:岡村靖幸、斎藤和義」。その硬軟2つの企画の間に、松岡正剛、短歌とラップ、数学、小説など「編集された情報ではなく、編集される前の衝動」に突き動かされた企画で埋め尽くされている。編集長の角田陽一郎氏に加え、雑誌「R25」や「TRANSIT」のデザインで知られるアートディレクター尾原史和氏、雑誌「月刊現代」や、ノンフィクション『スティーブ・ジョブズ(ウォルター・アイザックソン・著、井口耕二・翻訳)』、『ネットと愛国(安田浩一・著)』を手掛けた編集統括を務める青木肇氏という“名うての3人”が仕掛け人と聞けば、このラインナップにも納得がいく。

本誌から、いくつか記事を紹介していこう。
まずはピアニストの角野隼斗と、素粒子論、宇宙論を専門とする理学博士・野村泰紀の対談。ここでは1オクターブが12音になった理論的必然性から、ピタゴラス音律、天球の音楽へと展開し
他の惑星の知的生命体がロックやジャズを生み出すとは思えないけど、和音やリスムなどのベーシックな部分は共通している可能性が高いんじゃないですかね。(野村泰紀)
なんて、発言が飛び出したりする。この感じ、NHK Eテレの『SWITCHインタビュー 達人達』を彷彿させるのだが、テレビでは分かりやすさに走るところを、活字ならではの突っ込んだ内容になっていて、読み応えあり。

あと、ビジュアルで圧倒されたのが「アフリカン・アートの魔力 精霊を宿した『像』に魅せられて」だ。
プリミティブアートを扱う「東京かんかん」の代表・小川弘氏の解説で見る面や彫像は、子どもが見たらトラウマになりそうなほどに強烈で、初見なのにいろんなものを思い起こさせる。沖縄、水木漫画、ウルトラマン、遮光器土偶……。本誌のキャッチコピー「ほとばしる“野生の知性”の世界へ」にふさわしい好企画だ。

ほかにも、まだまだ紹介したい企画がある。
たとえば「シン・自由論 「自由」について自由に考える 第1回 タトゥーと愚行権について(安田浩一)」。自由の価値についてのノンフィクション連載企画で、第1回目の題材はタトゥーの施術をしたことで医師法違反に問われた彫師をめぐる「タトゥー裁判」だ。タトゥーを彫るのに医師免許が必要だという不可解な法律。国家はそれを振りかざし、いとも簡単に職業選択の自由と表現の自由を侵犯した。しかし「彫師になる」という自由、「タトゥーをいれる」という自由は、多くの人には関係のない自由であり、日本におけるタトゥ一般のイメージの悪さから理解もされづらい。でも、少数の誰かにとってとても大切な自由だ。そんな自由についての10ページほどの記事だが、とても考えさせられた。

ほとばしる富野由悠季

そして、本誌の必読の記事が「編集長対談『カクタの部屋』 第1回ゲスト:富野由悠季 ガンダム世界の創造が現実世界を想像する」だ。対談と言いつつ、ガンダムの生みの親である富野由悠季が暴れ馬のごとく話しまくり、角田編集長を終始圧倒する。「ガンダムや他の作品のコンセプトまで理解してくれるインタビューはほとんどいなかったんです」という強烈な“圧”に始まり、手塚治虫先生に学識はあったのか、なかったのかという話になだれ込んでいく富野氏。鉄腕アトムが原子力で動くという実現不可能な設定を納得させ、ドストエフスキーなど名作文学を漫画化した手塚先生の学識は深いと思っていたが、本当に学識が深かったのであれば、これだけたくさんの漫画を描いている暇はないと思い至る……という富野節がスパーク!
富野 ドストエフスキーの作品にはすごい分量がある。おそらく全部読んで漫画を描いていないと思う。読んでいる暇がないから。(中略)
角田 つまり、手塚さんは『カラマーゾフの兄弟』も『罪と罰』も読んでいないと?
富野 全部は読んでないけど、ページは全部めくったかもしれない。
たぶん意図して火に油を注ぐような質問をする角田編集長も“いい意味で”ヒドいのだが、それにノリノリでノッてくる富野氏が面白すぎ。ここまで読めば、虫プロで「鉄腕アトム」を作っていた富野氏が、強烈な手塚ディスを展開するのか?と思うだろうが、そうじゃない!
富野 自分に学識がなくてもそれほど照れる必要がないんだなと思えるようになったのは、50歳をすぎてからですね。
と発言するところで、私は腹を抱えて笑った。
なんだ、そのオチは!
連続して3回読み直して、同じところで3回笑って、3回唸らせて、3回「富野サイコー」と思わせる対談だった。

さて、ここまで本誌をつまみ食いするように紹介してきたが、内容は本当にバラバラ。「雑誌とは、雑多な内容で構成されるがゆえにそう呼ばれる」などと言われる。そういう解釈でいえば、Tropicは実に雑誌だ(流通的にはムックになるのだが、それはさておき)。ただ雑誌には「完結しないメディア」という、もうひとつ大切な部分がある。それは出し続けることであり、変容しつづけるということ。Tropicを雑誌として正しく評価できるのは、ここから。楽しみに待つ!

レビュアー

嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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