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2026.01.08

レビュー

シャーロック・ホームズよりも事件を呼ぶ男!? 生みの親、コナン・ドイルの数奇な人生

名探偵シャーロック・ホームズの生みの親、英国人作家アーサー・コナン・ドイル(1859~1930)。世の作家の多くは“作品よりも地味な人生”を歩むのが常だが、コナン・ドイルは違った。むしろホームズ以上に山あり谷ありの人生を歩んだといえる。そんな彼の落ち着きのない生涯に迫った本書は、シャーロッキアン(=「シャーロック・ホームズ」シリーズの熱烈なファン)以外の読者が読んでも無類に面白い。

著者は、毎日新聞社の特派員としてベルリン、ロンドン、カイロなどに勤めた経験を持ち、現在は同社外信部長をつとめる篠田航一。本書ではドイルの生涯を過去の文献等で調べ上げつつ、現地イギリスに赴き、多分野の研究者たちにインタビューを敢行。読みやすく、それでいて厚みのある一冊に仕上げている
私は原稿を書きながら、この人は事件運が強いというか、つくづく「事件持ち」の人だという思いを強くしていた。
新聞記者の間では、自分の持ち場で頻繁に大事件が起きる記者をよく「事件持ち」と呼んだりする。ドイルの場合は、どちらかといえば自ら積極的に首を突っ込むタイプなので、勝手に事件が舞い込んでくる「事件持ち」とは厳密に言えばやや違う。ただ、その人生を振り返る時、いつもこの言葉を思い出していた。
著者がこう書くように、コナン・ドイルという人は一筋縄ではいかないパーソナリティと経歴の持ち主だ。もちろん彼の小説家としての魅力と業績、「シャーロック・ホームズ」シリーズの発表順に基づく各作品の見どころも本書ではたっぷり語られるが、同時に、コナン・ドイルという人物の"小説より奇なり"な人生もつまびらかにされる。しかもそれは、歴史のうねりに飲み込まれたというより、自ら飛び込んでいったような能動性に溢れているのだ。とても知性溢れる名探偵の生みの親とは思えない、衝動的で感情的な行動の連続で、少なくとも好奇心の強さは並外れていたことがわかる。
心霊に夢中になり、フリーメイソンにも入会し、好奇心の赴くままに活動したサウスシー時代のドイルは、さらに催眠術やテレパシーにも興味を持った。オカルト三昧である。
特に夢中になったのが、ウィジャ・ボード(Ouija board)を使う降霊会だ。
(中略)要するに日本でいえば「コックリさん」だ。
英国人は怪談好きであることでも知られているが、ドイルは現実世界と地続きの試みとして霊との交感をおこなった。専業作家になるきっかけも、自身がインフルエンザで死にかけた体験が大きく影響していたという。
ドイルは一八九一年五月に一週間ほど寝込んだ時期があった。実はほぼ「危篤」だったらしい。
人間は死にかけて初めて、自分の真の気持ちに向き合うのだろうか。自伝ではこのように振り返っている。
「書くことにわが生涯を託そうという考えが浮かび、狂喜してそう決心した。今でも覚えているがそのとき私は、ベッドの上掛のうえにおいてあったハンカチを弱りきった手でつかみ、うれしさのあまり天井へ投げあげたものである」
一度きりの人生、好きなことに身を捧げよう。生死の淵をさまよったドイルは、はっきり決意した。その瞬間、ハンカチを投げるほど興奮したのだ。
病床で危うく死に瀕しながらも狂喜するドイルの姿がなんともおかしく、もとから常識とは一線を画した人だったことがわかる。それでも彼は、シャーロック・ホームズを現実とかけ離れたファンタジックな物語の主人公にはしなかった。あくまで主人公を科学と理性の世界の住人にとどめ置いたバランス感覚に、大衆作家としての勘の良さを感じるが、ドイル本人はどんどん超常現象の世界に傾倒していくのが面白い。
ただ、ドイルはホームズの物語に心霊を持ち込むことだけは最後までしなかった。『バスカヴィル』自体、ドイルのゴシック趣味、怪奇趣味が色濃く出た作品だが、ここも科学と非科学の間で揺れる素振りを見せておきながら、きちんと合理的に事件を解決させている。
ジョーンズ氏はこう語る。
「『バスカヴィル家の犬』は、実は二つの異なる小説が折り重なって描かれているのです。一つはダートムアという民俗学の世界、魔犬や先祖の呪いといった世界を舞台にしたゴシック小説です。これは本来ドイルが書こうとしていた超自然的な物語そのものです。そこに都会的な世界を象徴するホームズがやって来て、合理的に謎を解き明かそうとします。つまり、ドイルの世界とホームズの世界が重なっているのです」
ホームズは合理的な唯物論者だったが、ドイルはそうではなかった。この二つの人格が重なり合ったところに『バスカヴィル』が生まれた。
1893年発表の短編『最後の事件』で、ドイルはホームズの物語を(宿敵モリアーティとの同士討ちのようなかたちで)一旦完結させる。それから8年後の1901年、彼は長編『バスカヴィルの犬』でシリーズを再開させた。その前年、1900年にドイルは医師団の1人としてボーア戦争に加わり、南アフリカの戦地で負傷兵の治療に粉骨砕身。帰国後には故郷スコットランドから下院議員選挙に立候補するも、あえなく落選。やはり自分には小説を書くしか道はないと決心したかのようにも見えるが、もともとのアイデアはどうやらホームズものではなく、しかも“共著”として発表するつもりだったという裏話も面白い。

ドイルは看板シリーズを再開させつつ、恐竜が生き残るアマゾン奥地を舞台にした初の冒険SF『失われた世界』を1912年に発表。ジャンルにこだわらない旺盛な作家活動を続けながら、オカルト研究にもいそしみ、コティングリー妖精事件やアガサ・クリスティー失踪事件などにも積極的に身を乗り出す“ご意見番”となっていく。
ドイルは『ストランド・マガジン』の編集部に、オカルトめいた原稿を次々と送るようになる。霊媒の体から放出されるという謎の物質「エクトプラズム」の話や、妖精の実在を論じる話だった。
編集部は困り果てた。社内の会議でも、さすがにこんなネタは掲載できないという意見が多数を占めた。だがドイルは長年にわたって雑誌の売り上げを伸ばしてくれた恩人でもある。編集部は結局ドイルに押し切られ、オカルト論文が世に出ることになった。
探偵小説作家としてのイメージしかドイルに持っていない読者にとっては、後半を読み進めるにしたがって刺激的な記述の連続だろう。とはいえ、イギリス人は意外と“怪談好き”であることを知っていれば、不思議なことは何もない。毎年クリスマスになると家族や友人で集まって怖い話をするのが恒例行事になっていて、チャールズ・ディケンズの小説『信号手』やTVドラマ『The Stone Tape』(1972年)など、幽霊譚の傑作が山ほどあったりする。ただし、ドイルは現実の研究対象として心霊を捉えており、そこはいわゆる怪談作家とは一線を画す部分ではある。
自伝の中でドイルは、心霊学研究について「これこそ口やペンを通して私の生涯の残りをささげうる仕事」と記した。
ドイルは晩年、惜しげもなく心霊に財産を注ぎ込んだ。心霊関係の雑誌を自費で支援し、心霊研究グループの運営に関わった。そして、サイキック・ブックショップ(心霊書店)という名の資料センターを立ち上げた。国家機関の近くにあれば普及も進むだろうと考え、国会議事堂やウェストミンスター寺院に近いヴィクトリア・ストリートにその事務所を構えた。スタシャワーによれば「目の玉が飛び出るほど高い」家賃の物件で、書店の中には心霊写真の書籍も置いた。
心霊研究の世界においても並外れた貢献を残したドイルだったが、自身の書く小説に読者が求めるものとは最後まで切り分けて考えていたところに、作家としての冷静さを感じる。とはいえ、それ以外の部分ではおよそ理性的とは言えないような言動もたくさん残しており、そこがなんとも人間的で面白い。「シャーロック・ホームズ」シリーズのファンにも、そうでない方にもぜひ読んでほしい一冊だ。巻末付録の「世界一短いホームズのブックガイド」も楽しい。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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