偏屈でいけ好かない天才探偵の本業は「ヴァンパイア・ハンター」!?
巷(ちまた)では猟奇的な殺人事件や未解決の行方不明事件が頻発し、その頻度と残虐性から「吸血鬼の仕業ではないか」という噂が流れていた。
主人公とその相棒が住む場所は、ロンドンのベイカー街221B。
この時点で多くの人は気づくだろう。
物語の主人公の名はシャーロック・ホームズ。同居人の名はワトソン。
ホームズは本職の空き時間を使って私立探偵の仕事をしている、超優秀な頭脳を持った変人だ。
アフガニスタン帰りの退役軍人であるワトソンは、ホームズの出した同居人探しのチラシを見て、ベイカー街221Bへ。「ホームズの仕事を手伝う」という条件で同居することとなる。
ワトソンがホームズのもとを訪れたその日の夜、ホームズが部屋に拘束していた多くの吸血鬼が「共鳴」の振動を見せる。これは新たな吸血鬼が生まれたときに起きる現象だ。
ホームズの本職。それは「ヴァンパイア・ハンター」だった。
猟奇的な殺人事件が起きた現場に到着する、ホームズとワトソンの二人。
現場の近くには、まだ吸血鬼が潜んでいた。ホームズは急襲され、ほぼ助からないと思われるほどの重傷を負ってしまう。ホームズに肩を貸して、ともにその場を逃げようとするワトソンだが、そのとき、ホームズは驚きの行動に出る。自らの頭を銃で撃ちぬいたのだ。
「ホームズは逃げる自分の足手まといにならないために自殺した」と嘆くワトソン。
その遺志(?)を無駄にしないよう現場から必死で逃げるが、素早い吸血鬼の追撃を受け、裏路地に追い詰められる。死を目前にして走馬灯を見るワトソン。その窮地を救ったのは、なんと「吸血鬼化(ヴァンパイアか)」したホームズだった。
ホームズは吸血鬼の解剖・解析を繰り返す中で、一定期間、「吸血鬼化」できる特製の吸血鬼薬の開発に成功していた。既に自身にその薬を打っていたホームズだが、その場で襲ってくる吸血鬼と対等に戦うためには、自ら命を絶ち「吸血鬼化」する必要があったのだ。
次の案件ではスコットランド・ヤードのヴァンパイア・ハンターであり、無頼系のイケメンでもあるレストレード警部も登場。吸血鬼騒動を解決してロンドンの町に平和を取り戻すため、ホームズとワトソンの二人は奮闘する。
シャーロキアンである著者の「ホームズ愛」を感じる作品
そのため、物語の冒頭でワトソンが自身のことを語る前から「アフガン帰りの退役軍医」であることを見抜くくだりや、「ウィギーズ」と呼ばれるストリート・チルドレンたちを使ってヒマつぶしの探偵業務(貴婦人の飼い犬探し)をあっという間に成功させるくだりなど、細部に著者の「ホームズ愛」が感じられるエピソードが散りばめられている。
(元ネタではホームズが使役するストリート・チルドレンの集団「ベイカー街遊撃隊」の隊長の名前が「ウィギンス」だった)
自らの意思や知性を残して吸血鬼化した犯罪者(「適合者」と呼ばれていた)が、イギリスを中心とした英語圏でもっともメジャーな童謡「マザー・グース」の一編である「パンチとジュディ」を口ずさんでいるところも、芸が細かい。
ホームズたちが住む家の家主・ハドソン夫人もいい味を出している。ホームズの「ヴァンパイア・ハンター」としての仕事に理解を示してサポートし、ワトソンに「ヴァンパイア・ハンター」としてのチュートリアル(初期訓練)を施す。
ときにホームズや、実の弟であるレストレード警部も夫人に頭が上がらない、というようなギャグ描写も入っており、ふとするとグロ描写や残虐なシーンが多くなりがちな設定に緩急をつける役割も果たしている。というか、この物語の「最強キャラ」は実はハドソン夫人なんじゃなかろうか……
物語自体は「ホームズが自らを吸血鬼化し、街の平和を揺るがすヴァンパイアたちと闘う」というなかなかのぶっ飛び具合。そんなな中でもホームズの優秀さや偏屈さ、相棒であるワトソンに対する「愛のある厳しさ」などが巧みに表現されており、その丁寧な描写が個性的なキャラクターたちの魅力を増大させている。
ホームズやレストレードの活躍で捉えられた吸血鬼が謎の進化(“フェイズ2”と呼ばれていた)を見せ、スコットランド・ヤード内がとてつもない大パニックに陥ったところで、第1巻は終了。「どうすんだよ、これ……」と次巻に期待を持たせる構成も見事なものだ。