これは最初に絶対お伝えしなければいけないことなのですが、本作を電車内や職場の休憩時間等で読む場合、注意が必要です。涙があふれて止まらない可能性があります。ハンカチ必須。仕事で携わる機会があり、前作『ちはやふる』を仕事として、職場で泣きながら読んでいた私が言うんですから間違いありません(単に涙もろいだけの可能性もありますが)。
『ちはやふる』は、競技かるたをモチーフに泥臭くて眩しい青春を描いた傑作漫画です。その続編ともいえる本作も、感情を揺さぶるその破壊力は前作に負けていません。競技かるたの才とガッツに美貌も兼ね備えた綾瀬千早(あやせちはや)、祖父である元名人から英才教育を受けてきた、かるたの天才・綿谷新(わたやあらた)、そして裕福な家に生まれた文武両道のイケメン秀才・真島太一(ましまたいち)といったキラキラのスターキャラが活躍する前作に対して、もっと身近な存在ともいえる登場人物たちがドラマを紡ぐ本作は、また違った魅力が詰まっています。
※なお、本作のプロローグともいえるエピソードが、『ちはやふる』50巻収録の「番外編はなのいろは」で描かれています。
主人公は、長良凛月(ながらりつ)。千早たちの母校である瑞沢(みずさわ)高校かるた部1年生。
3年前に母を亡くしてからは、多忙な父に代わって妹である凛風(りか)の食事の栄養にも気を遣うなど、面倒見の良い兄でもあります。
私立強豪ひしめく競技かるた界で、都立ながら全国大会優勝した瑞沢に憧れて入学した凛月。掲げる目標はもちろん全国優勝。休み時間でもかるたの練習に余念がありません。一方で、「顔がいい」ことへの雑な反応からは、イケメンゆえに経験してきたその苦労がしのばれます。
そしてもうひとりの注目人物が、凛月にとってこれから先、大きな存在になりそうなクラスメイトの秋野(あきの)。
秋野が欲しかったのは、親から禁止されていたスマホでした。こっそりゲットしたスマホを操作する秋野を見て、凛月もスマホがほしくなります。
そんなある日の夜。
いつものように妹の面倒を見ていると、父が帰宅。凛月はスマホが欲しいと切り出します。
妹がいる私にも似たような経験があるので、凛月の落ち込む気持ち、よくわかります。あのときはごめん、妹よ。
さて、秘密工作の甲斐あってようやくスマホを手に入れた秋野でしたが、結局親にバレてしまい、なんと金槌(!)で破壊されてしまいます。打ちひしがれる秋野を想った凛月は、「きみがため」をモットーに即行動。
出場予定だったかるた大会を蹴って、秋野にいろいろと縛りを課す母親の説得に成功する凛月。そして秋野はかるた部への入部が決定。そして、同じかるた部1年の糸瀬磨衣(いとせまい)と安田吉子(やすだよしこ)の協力もあり、秋野は新たにスマホを手に入れることができました。そんな友人たちの優しさに思わず涙する秋野。
まっすぐ視線を向けて発せられる、「手伝って」「協力して」よりもはるかに強度のある「助けて」の言葉に、読んでいるこちらが武者震いしてしまいそう。自分を助けてくれた相手から頼られるなんて、秋野にとってこれほど嬉しいことはないでしょうし、意気に感じるってもんです。
そんな秋野ですが、実はそのフルネームが明かされるのは1巻中盤、初登場後少し経ってから。その名を知れば、登場時に明かされなかった理由がわかるでしょう。
ち、ちはや!
私も読んでいて、先輩たちと同じ表情になりました笑。瑞沢かるた部所属で「ちはや」とは……重い十字架を背負ったのかもしれません。
ちなみに前作からのファンには他にもちょっとグッとくるシーンがあります。現瑞沢かるた部キャプテンを務めるのは、花野菫(はなのすみれ)。
前作では先輩たちの真剣なかるた指導に嫌気がさして、太一目当ての不純な動機で入部したことを雑に吐き捨て、たまらず部室から逃げ出した菫。あのとき千早や大江奏(おおえかなで)ら先輩たちに「絶対放っとかない」「“伝える”“伝わる”はルールの向こうにある」と支えてもらった菫が、今やこれほど深く競技かるたを理解する良きキャプテンになるとは。
また、前作では頼りなさもあった筑波秋博(つくばあきひろ)も、凛月が出るはずだった大会でチームのために奮戦する様に、(たくましくなったなあ……)と、なんだか親のような目線で胸が熱くなるのです。
全国優勝を目指す自分と周囲の温度差に不満を抱えていた凛月。でも、凛月が仲間を、そして仲間が凛月を巻き込んで、お互い少しずつ変化していく姿にも注目です。
末次由紀による圧倒的な感情表現や人物描写、そしてきめ細やかで躍動感もあるコマの数々が、丁寧に綴られるストーリーとともに動き出す。まさに漫画の醍醐味や魅力にあふれた本作。
今の瑞沢に千早たちのような超高校級の天才はいません。子供たちを温かく見守る大人たちの中に、いびつな存在(秋野の母親)も織り交ぜながら、それぞれに家庭の事情を抱えた凛月や秋野を中心に、個性豊かな愛すべき新生瑞沢かるた部の面々が何を想い、どう行動していくのか。単なる続編ではない、新たな登場人物たちの新たな物語を、涙枯れるまで追いかけたいと思います!
ちなみに巻末収録のおまけ漫画や登場人物プロフィールも必読です!
レビュアー
中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。
X(旧twitter):@hoshino2009