選評
安藤なつみ
少年部門の『バーサス』は転生ものジャンルをさらに進化させて挑戦しているパワーを感じました。個人的には『WIND BREAKER』が刺さりまくって何度か泣かされたりもして今後も追っていきたい作品になりました。
少女部門は幼馴染とアイドルという憧れの設定を瑞々しく魅せてくれたうえ、男の子側の成長もしっかり描いている『隣のステラ』ととても迷いましたが、ご自身にしか描けない世界観やキャラを生み出している『恋せよまやかし天使ども』に唯一無二のパワーを感じたのでそちらに票を入れさせてもらいました。主人公の芯の通ったブレなさも可愛くてたまらなかったです。
総合部門は『女の園の星』のキングオブコント決勝並みの高いレベルの笑いを何本も生み出しているのにひれ伏すばかりでした。疲れた時に引っ張り出して読みたい尊い漫画です。そして『ヒストリエ』。最新刊がとにかく凄まじくて、読み終わった後放心状態になる位パワーがありすぎる作品で、候補にあがってきたら票を入れざるをえないという他の先生方の言葉に頷くしかありませんでした。20年以上一緒に歩んでいる読者さんとの深い絆も凄い!
触れられなかった作品も含めてオリジナリティに溢れる唯一無二感のある作品の凄みを改めて感じる選考会だったと思います。
海野つなみ
【少女部門】ずっと浸かっていたいイチャラブ『運命の人に出会う話』、妖怪因習ざまぁ盛り盛りラブ『傷モノの花嫁』、最上級に可愛いのはいつだって私『恋せよまやかし天使ども』、ミステリーの先が知りたい『死に戻りの魔法学校生活を、元恋人とプロローグから(※ただし好感度はゼロ)』、幼馴染が芸能人という女子の夢『隣のステラ』。
【総合部門】唯一無二の世界観『アンダーニンジャ』、このセンスに敵う人はいない『女の園の星』、なぜ少年部門じゃないの・これから世界に踏み出す少年に一番読んでほしい『君と宇宙を歩くために』、ショッキング&インパクトでは一番『ねずみの初恋』、孤高に歩む大傑作大長編『ヒストリエ』。
5年間ありがとうございました。自分が何を大事に漫画を描いているかを改めて知る機会でもありました。
小川悦司
【少女部門】安藤先生・海野先生の一番推し『恋せよまやかし天使ども』は、アートな作風・主人公の魅力に選考過程で一同改めて気付かされ、納得の受賞に。首位肉薄の『隣のステラ』はじめハイレベルな部門でした。
【総合部門】極上コメディ『女の園の星』、話題作『君と宇宙を歩くために』も受賞に相応しく、議論は紛糾しましたが、「でもこのタイミングは逃せない」と皆“歴史”の1コマに身を投じるが如く大作『ヒストリエ』に最終票を投じました。
御受賞皆様おめでとうございます。
久米田康治
自分は過去に「未踏のバージンスノー」を滑るより、ガリガリに踏み固められた「アイスバーン」を上手に滑る漫画家が売れる、と揶揄したことがあったが、本格的にそうなってきた。まぁ、これもたった数人の先輩方が、全部雪を踏み固めてしまったせいである。「漫画の神様」は、漫画家にとっては「悪魔」である。
今の作家は本当に気の毒である。未踏のバージンスノーなんて、多分もう無い。あっても、そこにギャラリーはいない。誰も読んでくれない。
そんな中「盛り盛りの重装備」でアイスバーンを上手に滑る猛者たちが集結した。一番上手に滑れたのは『バーサス』。しかも最大級の重装備。個々の作品がまだない状態でアベンジャーズが始まった感じ。逆にいうと、ココからいくらでもスピンオフできる。10年食ってける。羨ましい。天敵には絶対勝てないという壮大なジャンケンルールも面白い。カードゲームにしても儲かるだろう。50年食ってける。妬ましい。そう考えると、これは「新しい漫画」なのかもしれない。しかし、ジャンケン13種類のルールは重装備過ぎて、高齢者には背負えない。もうFFの分厚い攻略本『解体真書』を読んでる感じである。
と、突然、比喩が雪山から南の島に飛ぶ……。これ、無人島に持って行ったら、めっちゃ面白いと思う。時間が無限にある状況で読み込んだら、より絶対面白い。惜しむらくは、老人に残された時間は少ないのです。そういった意味でも「少年部門」受賞は、とても正しい。自分も若い頃『解体真書』読めてたし!
少女部門で印象に残ったのは、『傷モノの花嫁』。これもガリガリのアイスバーンを上手に滑ってる作品なのだが、題名からして心配になる。令和のこの時代、普通は叩かれると思って、こんなタイトルつけない。こういう遠慮ない「リミッター切れてる系」は大好物である。「猿臭い猿臭い」という「いびり方」も酷いし、心配になる。一時、俺の頭の中で流行語に。長年、漫画家やってると去勢されたブタになるから、こういうのは本当に羨ましい。妖怪の傷もチューで治るし。おまけに単行本の最後に小説まで付いて、やりたい放題。しかも「小説」なのに、台本風。漫画賞の選考なのに、小説まで読むの? ん? いや、これもある意味「新しい漫画」なのかもしれない。
ちなみに、今回のイケメングランプリは『運命の人に出会う話』の伊織くんかな。あと『死に戻りの魔法学校生活を、元恋人とプロローグから』は候補作じゃなかったら読まなかっただろうけど、すごく面白かった。こういう強制的な出会いがあるから選考委員も捨てたもんじゃない。これも南の島に持って行こう。
いつも問題の『総合部門』ですが、なんで今『ヒストリエ』入れるのですか? 選考委員への意地悪ですか? 責任転嫁ですか? 去年の『ちいかわ』に続いて2年連続の嫌がらせですね。扱いに困る作品は、僕のいない来年にしてほしかった。
今回こそ『女の園の星』に獲ってほしかったのに。メガネ買いに行くだけの話が、なんであんなに面白いんだろう。絶妙なのは女王様メガネのサイズ感。あれより少しでも大きいと「押し付け感」あって、笑えないし。あれより小さければ普通のメガネだし、本当にミリ単位のコントロールで成り立ってる作品。素晴らしい。でも、前回ノミネートから1冊しか出てないのね。もちろん南の島に持って行く。『君と宇宙を歩くために』も素晴らしかった。主人公二人は、きっとなんらかの障害なんだろうけど、あえて前面に出さないで「性質」と捉えてるのが素敵である。テーマにした宇宙から見たら、人間が苦しんでる「差」なんて誤差でしかないと思えてくる作品。と書いておいて、我々はノミネート作品の「誤差」をあーたらこーたらあげつらって、文句言ってるわけですから、本当に申し訳ない。これも南の島へと。
問題の『ヒストリエ』ですが、受賞は当然として、連載開始が2003年。もうこの漫画自体が「歴史」になっちゃってる。史実と創作のグラデーションが絶妙で、もはや司馬史観ならぬ岩明史観。歴史という最もカチコチの「アイスバーン」を、こんなにも素晴らしく滑れるじゃないか! でも、史実を話すと「ネタバレ」って怒られるのも、どうなのかと思う。いや、知ってて読んでも面白いから。刊行遅すぎて細切れで読んでたものを、今回初めてまとめて読んだ。やっぱり良い。再読なのにワクワクするし、4回泣いた。みんなも最初から通して読んでみよう。この作品の素晴らしさを再認識させられること必至。現地欧州にも熱烈なファンがいるのも頷ける(『ヴィンランド・サガ』もね!)。しかし天才は妥協できないせいか、あまりに歩みが遅すぎる。このままだと東方遠征のところで「俺たちの戦いはこれからだ!」になりそうで心配です。いや、そこまで行けば、まだ……。本当に連載は、始めるより終わらせる方が難しい。年々畳むべき風呂敷は広がり、描き手は老化し、体力は低下する。目、肩、腰、あちこちが辛かろうに「気力」だけで描き続けてるであろうこの作品には、本当に感服する。
と、ただでさえ400字以内と言われてるのに『ヒストリエ』を語り出したらこの選評が歴史書のような厚さになってしまうので、この辺で。続きの巻はビンに入れて、南の島に流してください。誰もいない無人島で一人ひっそり『ヒストリエ』を読むのです。
ノミネート作品全体として感じたのは「血が出過ぎ」。9割はヤンマガのせいなのですが、首は飛ぶわ、四肢は飛ぶわ。『アンダーニンジャ』で切り落とされたのはソーセージだからセーフ……って、首も手足も飛んでるし、目も潰されてるし、過激表現のインフレが顕著である。このままだとスプラッター映画のように「痛み」を通り越して、「笑い」になってしまいそう。『アンダーニンジャ』は、それでいい作品だと思うが、残酷なシーンを描きたいがために、少女を悲惨な境遇に置いてやしないかい? その血や残虐シーン「必然」なんでしょうか?
無人島には「紙」の本で持って行くしかないのです。良い漫画が多すぎて、きっと私のイカダは過積載で沈むのです。5年間、有難うございました。さようなら。生きてたら、砂浜に新作漫画描いちゃうぞ。
はやみねかおる
【少年部門】一番斬新なアイデアが盛り込まれていると感じた『バーサス』を推しました。異世界モノに飽きていたのですが、そんな気持ちを吹き飛ばしてもらいました。『WIND BREAKER』も良かったのですが、大人不在の展開が気になりました。
【少女部門】『傷モノの花嫁』に、他のマンガに無い新しさを感じて上位に推しました。しかし、ジャンルの特性上、似た展開のマンガがあると他の選考委員に教えていただきました。『恋せよまやかし天使ども』は、台詞が無くてもキャラの立ち位置や手の描き方で心情が伝わってくるのが凄いです。
【総合部門】『君と宇宙を歩くために』を上位に推しました。『ヒストリエ』も推したかったのですが、この壮大な物語が未完の状態で受賞するのは勿体ないと思いました。でも、選考委員の方々の「そもそも終わるのか?」「今受賞しないで、いつ?」等の意見を聞き考えが変わりました。
三田紀房
少年部門の『バーサス』は独創的アイデアと設定の斬新さを高く評価しました。続きが気になる没入感も魅力です。『薫る花は凛と咲く』を推しましたが一歩届きませんでした。
少女部門は『恋せよまやかし天使ども』がキャラクターの個性が明快でシンプルな作風が好感度を高めています。『隣のステラ』は読みやすく読後感の心地よい好きな作品です。
総合部門は『ヒストリエ』のスケール感と、大作に挑む姿勢と注ぐ情熱に圧倒されました。漫画史に名を刻す偉業を讃える選考に携われたことは幸いです。『アンダーニンジャ』を最優秀に推薦しましたが残念でした。今後に期待します。
今回が委員として最後の選考会ですが様々な学びの機会を頂き深く感謝いたします。
幸村 誠
少年部門の選考委員の評価はバラバラでした。面白さが多様で、比較が難しいという事だと思います。それでも『バーサス』の斬新なアイデアには高評価が集まりました。この難しい原作を漫画として成立させた、あずま京太郎さんの画力にも脱帽しました。
少女部門は、選考委員の中でも女性お二人、安藤先生と海野先生が『恋せよまやかし天使ども』を一番に推しておられました。主人公おとぎの清々しいまでの自己肯定感の高さは、私も読んでいて気持ちがよかったです。主人公像としては『死に戻りの~』のオリアナと『隣のステラ』の千明にも、個人的にとても好感を持ちました。
総合部門、やはり『ヒストリエ』は高い評価を得ていましたが、『女の園の星』『君と宇宙を歩くために』の二作品もまた支持が多く、三作品のどれを選ぶか選考委員全員でたいへん悩みました。今回『ヒストリエ』に譲った二作品もいずれ受賞されるでしょう。時間の問題と思っております。
受賞のことば
【少年部門】
『バーサス』
この度は栄えある賞を賜り、衷心より感謝申し上げます。
本作は既刊5巻、物語としては中盤に至らぬ段階にあり、未だ発展途上の作品と自認しておりました。それゆえ、選考委員の先生方が本作の設定、世界観、キャラクターに秘められた可能性を高く評価してくださったことは、誠に光栄かつ感激に堪えません。
この受賞は、ひとえにbose先生とあずま先生の卓越した創意と綿密な協働により、作品世界に独自の魅力が宿った結果と確信しております。本賞は、未来の努力が結実した評価を前借りしたものと捉え、その名誉に恥じぬよう、さらなる面白みを目指してアイデアを磨き、作品を深化させるべく邁進いたします。
これからの『バーサス』を、皆様のご期待に応える一作へと昇華させる決意です。
この度は講談社漫画賞少年部門に『バーサス』をご選出くださりありがとうございます。
本屋に行く度、山のように置かれた本の中から1冊選び取り買っていただくことがいかに難しいことなのかを考えます。加えて自分が少年だった頃、漫画を1冊自分で買うことは大人になった現在よりずっとずっと重い行為だったことを思い返します。少年たちがそれでも読みたいと思えるような作品を目指そうと改めて強く思います。
もちろん、『バーサス』は1人では決して作れないものであり、ONE先生、bose先生のご尽力あってのものです。私は作画の面から『バーサス』を支えるため、この受賞に慢心せず努力を続けていこうと思います。
改めましてONE先生、bose先生、『バーサス』の出版にあたりご尽力くださっている関係者の皆様、数話進む度世界観ごと移り変わるムチャ振りに全力で応えてくださるアシスタントの皆様、なによりいつも応援くださっている読者の皆様、この度は本当にありがとうございました。これからも『バーサス』をよろしくお願いいたします。
初めてONE先生からこの漫画の企画を聞いた時、私の心の中の男子中学生が「そんな漫画絶対おもしろいじゃん!」と湧き立っていたのを覚えています。そして漫画担当にあずま京太郎先生を迎え入れると聞いて、「これはとんでもない漫画が生まれるぞ…」と身震いしたものです。
ONE先生とあずま先生という二人の巨大な才能を、それぞれ最大限に活かすことのできるネームを目指して、足りない頭をこねくりまわして日々描いておりますが、この度、このような栄誉ある賞をいただく機会を得て、あの時見えた形の漫画が少しずつでも現実に近づいてきているのかな、と感じます。
まだまだ未熟な身ではありますが、ONE先生とあずま先生を後ろから支えられる存在になれるよう、粉骨砕身、作品に向き合って参ろうと思います。 この度は本当に、ありがとうございました!
【少女部門】
『恋せよまやかし天使ども』
この度は、講談社漫画賞に選出いただきましてありがとうございます。このような名誉ある素晴らしい賞をいただき、身に余る光栄に存じます。
先の人生を想像してみようにも真っ白で何も見えなかった頃、同じく真っ白な購入したての原稿用紙に歪な線ながらもインクの付いたペンを走らせてみて良かったと心の底から思います。
そんな自分の作品を見つけてくださった担当編集様。成長を見守ってくださった株式会社スピカワークスの皆様。連載を支えてくださっている女性コミック編集部の皆様。原稿に彩りを与えてくださるアシスタント様。温かく応援し支えてくれた家族や友人。数ある作品の中から手に取りページをめくってくださった読者の皆様。
『恋せよまやかし天使ども』に関わってくださった皆様に心より感謝申し上げます。
これからも、初めての感情を喰らい戸惑いながらも前に進んでいく彼らの恋路を心を込めて描いていきたいです。本当にありがとうございました。
【総合部門】
『ヒストリエ』
この度は作品『ヒストリエ』に大変栄誉ある賞をいただける事となり、心より感謝いたします。
元来がアシスタント体質の私にとって、「作品」はわが子のようでもあり、わが主君のような存在でもあります。「作品」は人ではないので、代わって私が賞を受け取らさせていただく、そんな風な思いです。
主君『ヒストリエ』のアシスタント、みたいな感じでずっと続けてまいった私ですが、年齢からくる衰えその他により、元々の遅筆がさらに遅くなり、残念ながら現在は掲載誌での連載を休止している状態です。40年以上続けてきた紙とペンの作業では、物語を完結に至らしむ事が物理的に無理であろうと判断した所ではありますが、最近はタブレット作画に切り替える事により、様々な(特に身体的、体力的な)不備をある程度補える事もわかりました。それにより、物語完結への希望をより強く持った今日この頃です。まだまだ「ご期待ください」と申せる状態ではありませんが、このまま進んでまいります。
あらためまして心より、『ヒストリエ』をお読みくださった皆様、物語の続きを楽しみにしてくださっている皆様、作品制作にご協力くださった方々、64歳の私に丁寧にデジタル技術を教えてくださるマンガスクールの先生に、感謝いたします。