「被害者が去らなければいけないこの世界」
帯と背表紙に記されたこの言葉に、日頃から同じ思いを抱いていた私は、読む前からドロドロの復讐劇を想像していました。
ところが実際にページをめくると、そこにあったのは、ほんわかとした絵柄と、どこにでもありそうな庶民的な日常。少し肩透かしを食らったような気持ちで油断して読み進めていたら、いつの間にか、とんでもない深淵に引きずり込まれていたのです。
主人公の復田朱里(ふくだあかり・32歳)は、農家向け管理システムを扱う小さな会社で、契約社員から正社員になったばかり。ようやく掴んだ安定を手放したくない朱里は、職場で理不尽なことに遭っても、できるだけ波風を立てないよう、穏便にやり過ごしていました。
特に隣の席に座る北広純兵(きたひろじゅんぺい・39歳)は、朱里とは明らかに違うタイプです。北広のインスタグラムには幸せそうな家族写真が並び、ハワイへの留学経験もある。地味な朱里を、どこか小馬鹿にしているようなニュアンスすら感じられました。
当初女性部長は真中さんに同情的でしたが、顧問弁護士の介入から事態は一変。結果、「不倫」として処理されていました。さらに酷いことに、社内では周知の事実で、「示談金目当て」といった噂まで流れていたのです。
しかし、この作品の凄さは、単に加害者だけを悪者として描いていないところにあります。朱里自身もまた、「真中さんてモテそうな感じだし」と、自分の中にあった“無意識の偏見”を省みるのです。
この場面を読みながら、私自身の胸の奥に引っかかっていた記憶が、否応なく呼び起こされました。
知り合いの女性が、職場でセクハラ被害に遭ったことがあります。事実が公になったのは、出来事から1年以上経ってから。彼女は希望していた部署に移ったことで、「セクハラを利用したのではないか」と陰で囁かれていたのです。
一方、加害者である男性上司は部署異動こそあったものの、何事もなかったかのように振る舞い、周囲もまた以前と変わらず接していました。
事実を知っているのは当事者だけにもかかわらず、私たちは断片的な情報や噂を鵜呑みにし、“無意識の偏見”を抱くことがあります。そして多くの場合、立場の強い者――会社側の説明や理論が疑われることなく通ってしまうのです。
物語はやがて、思いもよらない方向へ進んでいきます。穏やかな各駅停車に乗っていたつもりが、いつの間にかノンストップの特急に乗せられていた――そんな感覚です。
なんなんだ、この胸のざわつきは。そう思いながら改めて読み返すと、何気ない日常描写や職場での雑談、ちょっとしたエピソードのひとつひとつが、すべて伏線だったことに気づかされます。
あまりにも予想外の展開に、復田朱里を主人公としたこの物語は1巻で完結するのかと思ってしまいました。ところが続きを『コミックDAYS』で追うと、想像をはるかに超える展開が待っていたのです。
読み終えたあとも、次の展開が気になって仕方がない。
『復讐が足りない』から、しばらく目が離せません。







