完璧女子と完璧男子の裏の顔
心の振れ幅が大きくなればなるほど恋は重症化しやすいものですが、その揺さぶりの震源地によくいるのが「ギャップ」です。「えっ、こんな人だったの?」からの「良い!」は、エネルギーが高い。でも些細なことでもギャップって生まれがちで、たとえば朝はパン派だと思っていたらごはん派だったと知ると「ちょっとかわいい!」ってなるかも。
つまり、ギャップは多種多様で、威力にも差があります。
『恋せよまやかし天使ども』が見せてくれるギャップはというと……、
麗しい学園のマドンナと長髪美男子。小鳥を指先に留めながらうっすーい陶器のティーカップで上質な紅茶を飲んで詩と音楽の話をしてそう。
でも?
おでこをおさえて「おまえ」って呼んでる。あと何が「かっけぇ」なの?
嵐だ。ものすごいギャップに襲われると嵐のような恋に落ちてしまうのかも。
目が合っただけで心撃ち抜かれる?
ヒロインの“桂おとぎ(かつらおとぎ)”は、幼い頃から「周囲から期待される自分像」をきちんと再現して生きてきました。かわいくて、優しくて、柔和で、ていねいで……。
入ったばかりの高校でも即「学園のマドンナ」に上り詰め、誰もがひと目見るなり恋に落ちてしまうから「心撃の天使(天使と書いてエンジェルと読む)」なんて二つ名まで与えられ、学級委員長にも就任。そんな彼女の傍らにいるのは、学級副委員長の“一刻(にのまえとき)”。眉目秀麗で優しい天使系の完璧男子です。たとえば、おとぎがプリントでちょっと指先を切ってしまったら、その微かな切り傷を彼は見逃しません。
おふたりとも綺麗ですよ……。そしてこのとき、おとぎが目を伏せて何を考えているかというと。
勝手に“いっこく君”というあだ名をつけ、彼の完璧男子ぶりにノックアウト。つまり好きなの?
「いっこく君は、完璧美少女ことこの私に釣り合う人物」と少し打算的に考えています。この身も蓋もない感じは、表で見せている顔とはだいぶ違う。
誰しもが心を射貫かれるハズなのに、どうして彼は私に恋をしないんだろう。おとぎの心の声が聞こえてくるよう。この「裏の顔」もかわいい。卯月ココ先生の短編集『ほてりほてってファーストキス』のヒロイン達にも通じる「本音」だと思います。女の子が内心ひそかに思っていることをチャーミングに描いてくれるからうれしくなる。
で、「この完璧男子に弱点はないのかな」とおとぎは考えるわけです。そしてある仮説に至ります。
鋭い。でも、どんなに観察しても裏の顔はわからない。それもそのはず、おとぎと似ているなら、裏の顔なんてそうやすやすと見せないでしょう。
でも、もしおとぎがソレを見せてしまったら? 図らずも、そんな日が来ちゃうんです。
裏も表もいい感じ
表向きは優等生的に振る舞うおとぎなのに、ある出来事によって、どうしてもガマンができなくなって裏の顔が出てしまいます。
彼が見ている前で、つい完璧美少女にあるまじき顔でキツいことを言っちゃった! ……すると「おまえ、かっけぇな」といつになく荒っぽいいっこく君が現れました。学園で見せる顔とは別人! やっぱあるよね裏の顔!
「おもしれ」ですよ、「おもしろいですね」じゃなくて。そんな姿にドン引きするでもなく、頬を赤らめトキめいてしまうおとぎ! これぞギャップ!
ちなみにいっこく君の表の顔はこんな感じ。
あなたが「おもしれ」だよ! あざといを通り越してすがすがしい。どっちもいいじゃん。そう、どっちもいいんです。
お互いの本性を知ったことで、ふたりに奇妙な共犯関係が生まれます。やがて、表の顔と裏の顔、どちらも上手く使いながら学園生活を送るように。
いっこく君にとって、おとぎは素の自分を見せられる数少ない存在。しかも、おとぎが想像する以上に、おとぎのことを見ています。
ヒミツにしている本性だけが自分の姿ではないし、学園で見せている姿だって大事な自分の一部。両方を認めてくれる人がいるのは、ただの息抜き以上におとぎを癒やします。
このふたりだから乗り越えられることがたくさんありそう。そうそう、この学園は楽しいこともトラブルもいっぱいあるんです。だから2巻もいろんなことが待っているはず。楽しみ!
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
twitter:@LidoHanamori