コミュ障が異世界に転生すると?
異世界に転生するときに過去の人間関係を引き継ぐ人をあまり見たことがない。身の上や他者とのつながりは、元いた世界に置いていく。置き去りにしたいほど最悪だったのかはさておき、そうでもしないと、わざわざ異世界に行く意味がないんだと思う。
でも、色濃く引き継ぐものもある。その人のパーソナリティーだ(あとは、新しい世界で役に立つチート的能力とかね)。何が好きで、何が苦手で、どんなことが大切なのかはあまり変わらない。
『コミュ障は異世界でもやっぱり生きづらい~砂漠の魔女はイケメンがこわい~』は、その名の通り「コミュ障」をそのまま異世界に持ち込む物語だ。人間と関わりたくない人が見たら「この転生は良い!」と思っちゃうような異世界ライフ……のはずだったのだが。
ありとあらゆるイケメン! 彼女にとってこれはバラ色でもなんでもなく、今すぐにでも逃げ出したい状況らしい。
転生なんかしたくない
転生前の“イオリ”は、人前に出るのが苦手で、ハンドメイド作家としてインターネット上だけで仕事を細々と請けて生活していた。
ハンドメイド作家にも営業活動は必要。でもコミュ障だから外部には出られなくて、ネット上でのバズにもコミュ力は地味に必要だし、売上も立たず極貧生活。
コミュ障をこじらせ、生活をこじらせ、ついに風邪的な病気もこじらせて死んだ“イオリ”。友達もいないし、心残りなことなんて大してない。死んだとて転生なんかするつもりもなかった。それなのに!
神様が転生を決めてしまっていた。こっちはそんなこと頼んでないんですけど? でも覆せないようで、イオリはイヤイヤ異世界で人生を再スタートさせる。
意に反した来世だったけれど、神様はイオリのリクエストをいくつか叶えてくれた。この異世界コミュ障ライフの詳細がなんとも楽しい。コミュ障によって考案されたコミュ障の楽園だ。
人間が来ない真っ白な砂漠のオアシスで自給自足の一人暮らし。
ペットのスライムと言葉のないコミュニケーション。口下手なイオリにとって最高の相棒だ(しかも海水から塩分を抜いてくれる便利な子!)。
魔法をチョロッと使えば盗賊が来ても安心。
そして前世で大好きだった手芸を今も続けている。
……いいじゃん、すごく満ち足りている。私が本作で好きなのは、イオリは神様に「私のコミュ障なところを変えて」と言わなかったところだ(悔やんではいるようだけど、最初に出てくるお願いじゃないんです)。コミュ障にだって楽しく生きてく道はある。
ところが、そんな平穏な異世界ライフに予想外の“集団”が現れる。
盗賊とはあきらかに風貌が違う、ありとあらゆるイケメン集団。どうやらイオリに用事があるらしいのだけど、さすがはコミュ障、もうぜんぜん面と向かって話せない。
イオリはイケメンが苦手。そして誰ともまともに会話ができない。この「会話ができない」はなかなか深刻で、何を言えばいいかわからないし、わかっていても口から出てこないのだ。異世界でもコミュ障は大変そう。さあどうする。
イケメンすごい! ちゃんと察してくれてる! しかも声まで良いらしい。
筆談、最高!
このイケメン集団は王都の調査団なのだそう。
彼らの暮らす王都は砂漠に浸食され危機を迎えているようで、その解決策を探しにイオリのオアシスに現れたのだ。で、イオリに事情を尋ねたかったけれど、イオリは筋金入りのコミュ障。異世界に「コミュ障」というワードはなさそうだけど、喋ってくれないし隠れちゃうイオリに困ってしまう。
でもイケメンは前向きなのだ。イオリを思いやり、コミュニケーションの方法を変えればいいのだと気がつく。
紙なら自分で作ってます! まさかここでイオリのクラフト能力の高さが活きるとは。
コミュ障のイオリはとりあえず全てのことに「すみません」を付けちゃうけれど、イケメン代表こと“イザーク”は「すごいね」って褒めてくれる!
こんなふうに、ちょっとずつコミュニケーションを図ってみたり、失敗したりを繰り返す異世界転生ものだ。
イオリは頭の中では饒舌(じょうぜつ)なのに、会話ができなくて空回りしたり、あとでクヨクヨ悩んだり。
そんなイオリのことをあたたかーく見守るイケメンに癒やされたり。ちょっとずつ試行錯誤を繰り返してコミュニケーションを重ねて……!
ハイ、自給自足のコミュ障パラダイスを離れ、王都に行くことになります。魔法もあるし、スライムもいるし、何よりイケメンがいっぱいいるから大丈夫! ……だといいなあ。
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
twitter:@LidoHanamori