「お兄ちゃん」を癒やす、7人の「いもうと」たち
とても切ない「転生もの」だ。『Bye-Bye アタシのお兄ちゃん』は全1巻なのに、この世のどこかで永遠に続いていきそうな、ただごとじゃない匂いがする。
本作の舞台はこぢんまりとした妹メイド喫茶。働いているのは7人の“いもうとメイド”たち。そう、このお店に在籍するのは必ず7人なのだ。
客は年を重ねた男性が多い。みんな「なぜか癒やされる」と言ってはお店に通いつめていくけれど、最初はフラッと立ち寄っただけだったりする。
“すすむお兄ちゃん”も偶然このお店を見つけてどんどんのめり込んでいった一人。あ、いもうと喫茶のお客さんは全員「お兄ちゃん」と呼ばれます。
すすむお兄ちゃんは、アイドルグループ“morto”の“カヤちゃん”のことが大好きで、ずっと応援している。
でもアンラッキーなことが重なりがち。この日も、倒れたお客さんを助けていたらライブが終わっちゃって、とうとう1曲も聴けずじまい。
自宅では妻の両親を介護中。ここでも彼の不幸は色濃い。
献身的に支えているつもりなのに、うまくいかない。そして妻はすすむお兄ちゃんの大切なアイドルのことを「あの変なアイドル」呼ばわり。つらい。
すすむお兄ちゃんは全方向的にしんどい状況に置かれている。そんなすすむお兄ちゃんをあたたかく迎え入れてくれる、可憐ないもうとたち。これは通うなあ。
しかも、いもうとメイドの“ゆいちゃん”はmortoのことまで知ってる! わあうれしい、癒やされる!
ところで、ゆいちゃんはアイドルの知識が豊富だ。しかもアイドルおたくの心に寄り添った接客がとっても上手。なんで?
一人称が「俺」で、出禁をくらった妹。だいぶハードだ。
話をすすむお兄ちゃんに戻す。いもうと喫茶に癒やされはするけれど、すすむお兄ちゃんの人生のどん詰まり感は変わらない。出口が見えないし、そもそも出口なんて存在するんだろうか。もう「死」しかないんじゃ……と追い詰められていく。
だから「生」の実感をくれるカヤちゃんの存在が、すすむお兄ちゃんにとって何よりも尊かった。なのに、だ。
……たぶん彼の生活を眺めていた私たちは、この日がいつか来ることを覚悟していたと思う。
覚悟していたけれど、あんまりだ。
お兄ちゃんに「元気が出るおまじない」を
カヤちゃんのラストライブの日、介護の合間にライブ会場に駆けつけるもチケットはソールドアウト。すべての出来事がすすむお兄ちゃんの命をガリガリと削っていく。
いもうと喫茶で「ただいま」と薄く笑うすすむお兄ちゃんの顔には死相が出まくり。ヤバい、極限だ。いもうとメイドの“いちごちゃん”も彼の異常に気づく。いちごちゃんは、嗅覚が人並み外れて鋭い(この理由も本作の別エピソードで明かされる)。
すすむお兄ちゃんの死を悟ったゆいちゃんは、先輩メイドの“あいちゃん”に泣きつく。
あいちゃんだけが使える「元気が出るおまじない」があるのだ。ゆいちゃんは、あいちゃんのおまじないで、すすむお兄ちゃんの「いやなこと」や「かなしいこと」を消してあげたい。
あいちゃんのおまじないは、いもうと喫茶のお兄ちゃんたちを何度も癒やしてきた。
それは、煮詰まってあとちょっとで崩壊しそうな魂を、かわいく乱暴に救済するおまじない。とてもよく効く。
ゆいちゃんは、すすむお兄ちゃんを救うには、もうそれしかないと思っている。
だって悲しすぎるから。「俺」の過去が、すすむお兄ちゃんの献身と不遇を見過ごせないのだ。
あいちゃんは、ゆいちゃんの切実なお願いを聞き入れる。
おまじないが施された不思議なパンケーキをすすむお兄ちゃんの元に運んだゆいちゃんは、「お兄ちゃんの家はここだよ。ゆっくりしてね」と笑いかける。いもうとメイドがお兄ちゃんをいたわる様子は、いつも優しくて、けなげで、ちょっと悲しい。
やがて、いもうと喫茶に、新しいメイドさんの“びびちゃん”がデビューする。
がんばりやさんのお兄ちゃんに優しく声をかけるびびちゃん。
その顔はカヤちゃんによく似ている。お客さんが見せてくれた週刊誌には、すすむお兄ちゃんの妻が起こした悲しい事件の記事。すすむお兄ちゃんはその事件には無関係だ。だってその前に失踪したから。
すすむお兄ちゃんは、どんなふうに「いやなこと」や「かなしいこと」から自由になったのだろう。
7人の「いもうとたち」を紹介するキャスト表は、各エピソードごとに更新されていく。すすむお兄ちゃんを思って涙したゆいちゃんは既にこのお店にはいない。『Bye-Bye アタシのお兄ちゃん』という題名をここで思い出して、少し泣いた。
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
twitter:@LidoHanamori