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2025.11.25

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「性別ガチャ」の国、ニッポン──年齢、職種、役職が同じでも消えない男女格差の謎

もちろん、他人のイメージが現実と異なることもある。イメージは空想に過ぎず、日本は実は女性にやさしい国なのかもしれない。そして、今の時代、逆に日本は男性にやさしくない国になったと主張する人もいるだろう。
果たして、他国の人が持つイメージどおり、日本は女性が生きづらい国なのだろうか。それとも今は男性が生きづらい国になっているのだろうか。日本が「性別ガチャ」の影響が強い国だとすれば、どうしたらこれから生まれてくる子どもが「性別ガチャ」の影響を気にせず生きていくことができるのだろうか。
そして、なぜ「性別ガチャ」の影響をなくそうとする努力は反発を招いたり、失敗したりしてしまうのだろうか。
本書はこれらの問いについて、ジェンダーやセクシュアリティといった言葉をなるべく使わずに考えたものである。

男女の格差を生んでいる要素は何なのか、平易な言葉で詳細に分析

2025年10月、憲政史上初の女性総理大臣が誕生した日本。これで現在、日本は国家および首都の行政の長がともに女性となっている、世界でも珍しい国家であるといえる。

正直、個人的には、高市総理の政治信条や能力には少なくない疑問や不安を持ってはいるものの、都知事である小池百合子氏がかつて公の場でも言及した「ガラスの天井」が打ち破られたこと自体は、まずは寿(ことほ)ぐべきことであると考える。

しかし、この日本の歴史上でも大きな出来事が起きてなお、日本に「男女差別はもはや存在しない」、もしくは「男女格差はほぼ消滅した」とは言えないことは、男女の給与格差や政治家・会社役員の割合などさまざまなデータが示している。

本書『なぜ男女格差はなくならないのか』では、おもに社会的地位や経済的な立場における男女の格差をデータとともに明示したうえで、その格差がどこから生じているのか、一般論に留まらず細部にわたるまで解体して分析。その上で、格差をなくす、少なくとも減少させる方向に向かうためには何をすべきか、どんな意識改革をしていくべきなのかについて、極めて平易な言葉で記された1冊である。

著者の田中世紀氏は、現在はオランダ王国フローニンゲン大学の助教授。東京大学大学院総合文化研究科の博士課程を修了しており、政治学と国際関係学を専門としている。

本書の構成としては、まず第1章から第4章では現在の日本社会に対して、大きく「社会は誰に『やさしい』のか」というテーマで解説。男女格差の現状を紹介するとともに、その格差が「どこから生まれているのか」を解析。その原因としてわかりやすい「差別的な考え方」や「社会慣習」のみに留まらず、演繹的な解析が、目に見えづらい「容疑者X」の存在をあぶり出す。

後編の第5章~第7章では「『やさしい』政策とはなにか」というテーマに移行。90年代以降は男女雇用機会均等法をはじめとした法律の整備に加え、女性専用車両の登場、企業の採用、役員登用における「女性枠」の創設など、日本でもさまざまな格差是正の施策が進められてきたことを紹介する。

しかし、これらの施策はスタートして数十年が経過した現在においても、十分な効果を発揮していると言い難い。その理由についても多角的な視点から分析している。

さらにその上で、真の意味で男女格差をなくすために必要な「意識改革の方向性」について、一つの大きな結論を提示している。

格差の解消は「現時点では弱者ではないあなた」のためにもなる

このように考えると、「女性枠」のようなある種「差別的」な政策は、「公正な社会の実現のために必要だ」と一部の人々が叫んだとしても、現実問題として、社会の至るところで反発を招く危険性がある。
誤解を恐れずに優遇策についての対立を簡単にまとめれば、ある人は「これまで特別扱いを受けてこなかったのだから、今こそ優遇策を使って配慮してほしい」と願っている。一方で、別の立場の人には(知らないうちに特別扱いされていたかもしれないことは考慮せず)「特定の人だけを特別扱いするのはずるい」と感じられる。
この社会的な対立の構図は、男女格差の問題だけでなく、人種格差やその他の社会的な格差とも密接に関連している。人種格差、階級格差など、さまざまな社会的格差を是正しようとする政策は、男女格差を是正するときに直面する問題と類似しており、どうしても、政策を支持する人と反対する人の間で対立が生じてしまう。
後編のテーマである「『やさしい』政策とはなにか」の中では、よく取り上げられる『平等と公平の違い』の考え方をベースに「なぜ格差是正を目指すさまざまな政策が、一般の人たちの分断に繋がってしまうのか」について、かなりのボリュームを割いて深く解説されている。

実際、アメリカでも10年以上前からくすぶっていた「反リベラル」「反DEI」的な大衆の思いが、トランプの再選で一気に爆発。いわゆる「公平性」を目指したDEI政策のすべてを取りやめるというトランプの方針を支持する人々が、少なからぬ勢いを持っているのが現状だ。一方で、直近に行われたN.Y.市長選挙では、移民でありイスラム教徒である民主党候補が共和党候補を破るなど、その反動ともいえるムーブメントも起きているが。

また、日本でもアメリカほどではないとはいえ、いわゆる「リベラル」に対する反感や忌避感が、SNSなどを中心に急速に広がっている雰囲気はある。

本書の中で書かれている、いわゆる「女性優遇策」がうまく機能しない理由としては、「女性枠」などの女性優遇措置が不可避的に持つ特徴、すなわち「女性性の強調・カテゴライズによるスティグマの強化」などが挙げられている。

著者はこれらの「女性優遇枠」の存在や効力自体を、決して否定しているわけではない。特にさまざまな社会通念や多数派の意識を短期間で変えることが難しい世の中においては、その「移行措置」的な期間限定の施策として必要な存在であると考えている。
一方で、この方向性の施策だけでは、根本的な男女格差の解消は困難である、とも考えている。もちろん「差別をなくしましょう」というお題目だけで、人々の意識が変わって世の中から差別がなくなる、という“お花畑的”な考えも決して持っていない。

では、どうすればいいのか。本書の後編で強調されているのは、一人一人が「カテゴリー化のレベルを変える」という、意識改革の必要性である。

具体的には相手を「会社の女性の同僚」というカテゴライズで見るのではなく、より上位のカテゴライズである「会社の同僚」として見る。そうするだけで仮に男性が出世競争に負けたとしても「女性に負けた」のではなく「同僚に負けた」となる。

もしくは逆に、カテゴライズを究極まで細分化して、相手を「その人自身」としてだけ意識する。そうすれば「女性に負けた」のではなく「その人に負けた」という意識になる。属性から解放されて「その人をその人として見る」、それだけ。真の多様性、個人の尊重とはそういうことだ、という考え方は、極めて納得できる。

その上で、私が「これだ」と感じたのは「おわりに」に書かれているこの一節だ。
つまり、性別による社会的な評価や男女格差は、女性はもちろんのこと、男性にも悪影響を及ぼしているのだ。この「男女の格差や差別的な言動はあなた自身にも不利益を与えていますよ」という認識を広めることで、男女平等の推進が単なる「(一部の)女性の権利拡大」ではないという考えが社会に共有されるのかもしれない。
男女平等の問題は決して社会の一部の人だけの課題ではない。むしろ、あなた自身の問題であるということを強調することが、最終的にはすべての人の幸福度を高めることにつながるのである。
この考え方は、男女の格差解消のみならず、多くのリベラル系の人たちが実現を望んでいる選択的夫婦別姓(これも男女の格差問題ではあるが)や同性婚、社会保障の拡充などを推進していくときの指針としても有効だと思う。

これらの政策課題に関しては「聞かれたら賛成するけど」という人も含めて、実は「さほど興味がない」という人が多数派なのではないか、と私自身は感じている。

でも、平たく言うならば「弱者にやさしい社会は、基本的に『みんなにやさしい社会』」だと思う。「さほど興味がない」という人たちに「これらの政策を実現させることが自分にもメリットになる」と理解してもらうことが、その実現のために大切なことなのだろう。

正直、男女の格差やジェンダー的な問題に関しては、私自身がおそらくさまざまな古い認識に囚われている自覚があるがゆえに、日常生活でも、あるいはSNS上などでも話題として取り上げることを避けがちなジャンルだった。本書はそういう人にこそ、一読をお勧めしたい1冊である。

レビュアー

奥津圭介

編集者/ライター。1975年生まれ。一橋大学法学部卒。某損害保険会社勤務を経て、フリーランス・ライターとして独立。ビジネス書、実用書から野球関連の単行本、マンガ・映画の公式ガイドなどを中心に編集・執筆。著書に『中間管理録トネガワの悪魔的人生相談』『マンガでわかるビジネス統計超入門』(講談社刊)。

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