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2017.08.18

レビュー

「セックス」と「ジェンダー」の議論は、『関係する女 所有する男』で考える

男女の差というものを生物学的な性差(セックス)ではなく、社会文化的な性差(ジェンダー)とはなにかを、精神分析の方法で追究したのがこの本です。

男女平等という主張のもとで、教育現場で「性別の完全な撤廃や男女平等の杓子定規な押しつけ」がおこなわれました。なかには首をかしげたくなるようなものもあります。

──すべての学校を共学にせよという主張、男女混合名簿、体操着は男女兼用のハーフパンツに、着替えは男女同室で、ランドセルは男女同色で、生殖器付きの人形を用いた過激な性教育、「ひな祭り」や「鯉のぼり」といった伝統行事における性別の撤廃、ジェンダーの固定化を招くような歌や物語の禁止、などなど。──

このような極端な方向は「男らしさや女らしさをすべて否定する意味で用いられている」と強い反発を引き起こすことになりました。バックラッシュとよばれる主張です。ジェンダー・フリーとよばれる思想や行き過ぎた男女共同参画の政策への反動として起きたのです。このバックラッシュは主に男女の身体的・生理的な差をその主張の根拠としています。
(ジェンダー・フリーの意味については誤用もあるようですがひとまずは内閣府の「画一的に男女の違いを無くし人間の中性化を目指すという意味」です)

しかしこれでは社会文化的な性差(ジェンダー)についてなにも語っていないことになります。バックラッシュもまたジェンダーを無視することによってジェンダー・フリーと同様に、乱暴にいえば社会文化的なものを軽視・無視していることになってしましいます。

それらの不毛とも思える議論に対して斎藤さんはジェンダー・センシティブという立場をとるべきだとし、その重要性をこう指摘しています。

──ジェンダーを固定的な枠組みとしてはとらえない。メタレベルに立って、ジェンダーにかかわる理論そのもの、過程そのものを問題にするような手続きのありようを指している。いつ、どういう場面でジェンダーが問題化するについては、個別の具体的な現場に身を置いてみなければわからない。──

男女の社会文化的な性差(ジェンダー)配慮し、それが引き起こす不公正に敏感であろうという立場がジェンダー・センシティブです。ある意味、極めて実践的な立場だと思います。

このジェンダー・センシティブという立場から男女の性差を考究し、見出したのが「所有」と「関係」という2つの原理です。これをそのまま「男性」と「女性」という生物学的な差に結びつけるのは間違いです。あくまでジェンダーとして「男性に多い」「女性に多い」ということです。

では、この2つの原理はどのような特徴があるのかというと……。

■所有原理■
基本的願望:持ちたい
享楽の種類:ファルス的享楽
主体の位置:常に位置づけが必要である
主体の変化:「変えられる」ことを回避しがち
性愛の感覚:視覚優位
恋愛の記憶:フォルダ保存
言語の機能:情報の伝達
概念操作:抽象性と完結性が重要
時間感覚:「過去」ないし「普遍」志向
ジェンダー:男に多い

■関係原理■
基本的願望:なりたい
享楽の種類:他者の享楽
主体の位置:位置づけが必要とは限らない
主体の変化:「変えられる」ことを必ずしも回避しない
性愛の感覚:聴覚優位
恋愛の記憶:フロッピー上書き
言語の機能:情緒の伝達
概念操作:身体性と関係性が重要
時間感覚:「現在」志向
ジェンダー:女に多い

この部分はぜひ読んで斎藤さんとともに考えてみてはどうでしょうか。2つの原理に基づいて斎藤さんは「感情」や「空間や時間の把握力」の差にいたるまでこの本では説得力のある議論を展開しています。

さらに1歩進んで重要な提起が斎藤さんからなされます。

──もうジェンダーを、男と女という素朴な枠組みで考えることもないだろう。世界にはただ、「所有者」と「関係者」だけがいる。そういう見方はどうだろうか。どちらの原理が欠けてしまっても、この世界は失調をきたしてしまうだろう。──

この2つの原理から社会を見直して見る……。そこにはどんな風景があらわれてくるのでしょうか。

まず思いいたるのは「所有原理・所有者」が最優先される社会、それが今の私たちの社会ではないかということです。富の所有、資源の所有、武器(平和?)の所有、そして労働者の所有、教育の所有等々を生んでいる。それらがさらに独占へと向かっている、そんな現在が浮かび上がってきます。

「所有原理」社会が行き詰まり、息苦しさをあたえているのならば、いまこそ「関係原理」の重要性を認識し、その原理に基づく行動が必要なのではないでしょうか。たとえば、気候温暖化対策であるパリ協定は関係原理ですし、それに反するトランプ・アメリカが所有の原理を主張しているように思えないでしょうか。

「普遍」志向をいいがちな所有原理はややもすると、おのれの立場に固執し、さらには自分自身を普遍と思いがちです。独善的な志向を生みがちなのです。その壁を破るには、「変えられる」ことを必ずしも回避しない関係原理というものが求められていると思います。

この本はジェンダーの男女の差の根底に働く原理が極めて普遍的なものを示していることを教えてくれます。精神分析の祖フロイトが人間の精神・心理の探究から見出した原理が、社会を解析する武器になったことを思い起こさせます。

読む人の位置によってさまざまな叡智が引き出せる名著です。ぜひ読んでください。生きる・考える指針になると思います。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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