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2025.08.28

レビュー

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売れてます! 大注目クセメン俳優・坂口涼太郎の「あきらめ活動」略して「らめ活」実践エッセイ

手の届かない憧れをちゃんと諦めよう

この本を手にした時、「なにこれ、ちょっとヤバいんちゃうん?」と思った。「製本が天アンカットで、しおり紐(スピン)まで付いているやん」「すっご! 今どき、どこの出版社の業務部*がこの本の設計にOK出すねん」。こんな贅沢な本づくりを押し通した編集者に言いたい。「ようやった!」
  *出版社の業務部=本作りの計算をしてくれる部署、ちなみにしおり紐をつけるのは坂口涼太郎の強い要望だったようだ。

著者は坂口涼太郎(本書ではお涼)。映画版『ちはやふる』のヒョロくん役で広く知られ、朝ドラに4作も出演している俳優であり、歌人、ダンサーとしても活躍している。個人的にはTVドラマ『ホスト相続しちゃいました』でのクールな黒服役も印象深いのだが、それより「おはようございます、デヴィッド・ボウイです」などと言って派手な衣装・メイクでゲスト出演するNHKの番組「あさイチ」が毎回強烈だ。「その勢いの着地点、見えてへんやろ!」と突っ込みたくなるほどの超ハイテンションで場を掻き乱すお涼、それを手のひらで転がす博多華丸・大吉、その混乱を楽しむ鈴木菜穂子アナの「あさイチ」の回は、いつも神回。本書は、そっちのお涼テンションで書かれたエッセイである。すこし長めに引用させていただく。
たとえば私の場合「主人公の後ろで赤ちゃんを抱いている」という三秒の出演シーンの為に三時間ロケバスに乗り、現場に到着して衣装に着替え、三十分かけてメイクをし、泣きじゃくる赤ちゃんを抱き「えらいねー元気だねー本番いくよー」とあやして「ホンバーン!」と助監督さんの声がかかれば赤ちゃんは「うぐっ」と表面張力ぎりぎりな感じで泣き止み、私の衣装が気になり触ってみたりして自分を抑制。「かわいいねー、俺ぐらいかわいいねー」とあやせば「キッ」と私を一瞥。そして、「カットーオッケー」の声を聞けば表面張力を解除して「うわーん!」。「ぷ、ぷろやな」と感嘆した数分が経てば「本日終了でーすお疲れ様でしたー」と見送られ、メイクを落とし、衣装を脱ぎ、またロケバスに揺られて三時間。「この三時間プラス三時間イコール六時間で何ができたやろう。ていうか、撮影したあの部屋、都内に似たような部屋あるくない? 都内で撮ればよくなかった? この移動、なに?」そんなことを思ってしまえば一巻の終わり。ロケバス蹴破りからの高速道路全力疾走です。俳優失格。向いておりません。
一時期のねじめ正一か、それとも町田康か? と思わせる文章のドライブ感。文章の口当たりの良さは、神戸市西区育ちの関西弁によるものだと思う。全編がこのノリ。その過剰さが読者への“おもてなし”だと思うと、「実はお涼って、気ぃ遣いやろ?」と思わずにはいられない愛すべき人物像が見えてくる。

エッセイの話題も実に多彩だ。世の中に自分に似ている人が多すぎる(ex:織田信成、ひょっこりはん、ももかっぱちゃん、アメンホテプ四世ほか)話や、洗い物も片付けも大嫌いだけど料理が好きな話。カリカリボディーにキム・カーダシアンのお尻を付けるべくジムで鍛え上げたら、全身のバランスを崩した話。どれも最高に面白いのだが、そこにはお涼が提唱する「らめ活」という生き方が息づいている。
「あきらめる」とは「あきらかにする」こと。
(中略)
手の届かない憧れをちゃんと諦めて、工夫して生活していこう。私はこれを「あきらめ活動」略して「らめ活」と呼ぶことをここに宣言いたします。
しかし! お涼が本当に諦めているとは思えないのだ。諦め続けて、今の人気俳優になったとは思えない。お涼はインタビューでこう言っている。

世の中は「諦めなかった=続けた」と理解しているんだろうけれど、「諦めること」で自分の中で何かを明確にした上で「続ける」こともありますよね。「諦める=続けなかった」じゃないんじゃないかと。
  ※現代ビジネス「手の届かない憧れを諦める=らめ活」を実践する坂口涼太郎さんがたどりついた「幸せってなんだろう?」への答え

そして自分を「“諦めないこと”を諦めた人」じゃないかと語っている。これは、持たざるもののしたたかな生存戦略なのではないか?

モーニング娘。になりたくて

少年・お涼は、『モー娘。』に加入したいと願っていたが、鏡に映る自分は『モー息子。』であり、顔面の造形が圧倒的に違った。そんなお涼がメイクアップに目覚める。
「坂口涼太郎はなぜメイクをしているんですか?」
その問いにお涼はこう答える。
私がなんでメイクをしているのかというと、「好きな色を塗る場所が顔にあって、めっちゃ楽しいから」というのがひとつの回答やと思います。

そしてもうひとつは、飽きてたんやと思う。自分の顔に。この顔面でいきていくことについての諸問題はだいぶ前に決着がついていて、もうこの顔については納得しているし、鏡を見ても、はい、そうですか、そうですね、という感じで顔との関係がマンネリ化してたんやと思う。
そこからお涼は、自分の理想の美に近づくにはどうしたらいいのか研究する。一重で小さい目も、そこだけ見れば冨永愛に見えるし、唇も大写しで見ればアンジェリーナ・ジョリーと一緒……と、最大限“大目に見て”コンプレックスに譲歩していったのだという。

「あなたは自分の体を愛していないし、かといって嫌ってもいない。ただ、そこに存在しているだけ」

これは「ボディ・ニュートラル」という考え方を唱えた女優ジャミーラ・ジャミルの言葉だ。ボディ・ニュートラルとは、自分の体をポジティブに捉えて愛そうとする「ボディ・ポジティブ」に対して、「なんで無理に愛さなあかんの? 『しゃあない』で済ましたらあかんの? でも自分の体に価値がないとも思わへんし、恥とも思わへんで」という考え方だ。
最近、「自己肯定」という言葉に遭遇する機会が増えたなと感じるけれど、私は正直、自己の全てを肯定できなくてもいいんじゃないかなあ、とちょっと思う。ただ認めてあげたらいいんじゃないかなあ、と思う。肯定じゃなくて認識。
お涼を言い表すのに、よく「クセメン」なんて言葉が使われる(帯にも使われている)。正直「クセメンってなんやねん!」ってモヤモヤする。でも「コンプレックスがあることが、むしろ私なんです」と言う清々しいほどのお涼を前にしたら「クセメンとかどうでもええわ。お涼、めっちゃかっこええやん。いや、美しいやん」としか言えない。

「あさイチ」の話に戻る。
お涼と並ぶ「あさイチ」の暴れん坊といえば、藤井隆である。
TVショーモデルの私のロールモデルはやっぱり藤井隆さんであり、幼い頃から藤井さんが血肉となりダウンロードされているので、隠しきれないイズムが滲み出てしまう。
そんな憧れの藤井隆との共演、そして後日談がいいんだ。ちょっと泣いた。そこ、絶対読んでほしい。

レビュアー

嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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