お笑い番組の中でも、特にコントや漫才のトーナメント番組といったものを、ほとんど見たことがない。だからいつも知らない内に、新しい人気者がいつの間にか世に増えている。番組の司会やCM、雑誌の表紙やネットニュースなどを経由して、その顔と名前を覚えることも多かった。そんな私だから、当然のように「フォーリンラブ」のギャグも見たことがなく、「バービー」という名前に触れたのもここ2~3年のことだった。
そのため本来であれば私は、この本の良き読者にはなれそうになかった。それでも手を伸ばしたのは、帯の言葉に惹かれたからだ。それは本文からの引用で、著者が下着メーカーの「PEACH JOHN」とオリジナルのブラジャーを発売するに至った経緯を語った後の、自身の人生を振り返るこんなくだりからのものだった。
大学生になり、異性から"女"認定されていると気づくのに、それほど時間はかからなかった。「モテる」という意味ではなく、良いも悪いも含めた、いままで感じたことのない"女"という記号に当てはめられた視線だ。おっぱいはその最もわかりやすい象徴だった。
正直、最初は「女性として見てもらえること」の嬉しさや優越感みたいなものがあったが、女としての点数を勝手につけられ、取りたくもない相撲の土俵に立たされてしまった辛さも生まれた。まるで、負けることが分かっているのに、アイドル総選挙に強制参加させられたような感覚だ。
女としてじゃなく、私という人間を見てほしい。女である自分が嫌なんじゃない。「おっぱいがくっついている私」を"人"として認めてほしいだけなのだ。
この最後の1行が、心に響いた。全部ではないものの、私にもその感覚はどこか覚えがある。というより、この国に暮らす女性であれば、何かの場面で似たような気持ちを味わったことは、きっとあるに違いない。だが言葉にすることは難しかった社会の視線や出来事を、著者はわかりやすく、率直な語り口で書いていく。「この人はいったいどんな人なんだろう?」と、一気に興味が湧いてきた。
最初に驚いたのは、色にあふれた装丁だ。表紙や帯だけではない。背表紙も裏表紙もピンク、カバーを取ってみてもピンク、めくってみてもピンク! 本は新書サイズと小ぶりなのに、その存在感は大きい。鮮やかなピンクが「これでもか!」とばかり、続々と目に飛び込んでくる。
それでもどこか落ち着いた雰囲気に仕上がっているのは、きっと、その本づくりゆえだろう。表紙の写真も中に収められた著者の写真も、なぜかすべてモノクロだ(連載時はカラー)。ここから先は勝手な推測、かつマニアックな話になるが、印刷でこれだけピンクを使うということは、おそらく通常よりも費用がかかるはず。その上、もし写真をオールカラーで収録していたなら、それはさらにアップしていたことだろう。だがモノクロでの掲載や色づかい、紙の種類までをも丁寧に選ぶことで、本の価格を抑えつつインパクトのある装丁を目指したデザイナーと関係者の努力が、そこかしこに垣間見えるようだった。品の良さと見栄えのカッコよさ、すべてのバランスが取られた結果、この本は生まれているように思う。
ちなみに、巻末に収録された「思い出レシピ」という著者本人が紹介する食に関するページだけは、カラーで掲載されている。おかげで「ああ! ここは大事なところなんだな」と、直感的にわかる仕様。著者の思い入れと、その心を大事にしているスタッフとの関係性までもが伝わってくるような気がして、楽しくなった。また、本についているしおりはパステルカラーのピンク、水色、黄色の3色。エッセイの本で、3本もしおりが付いているのは珍しい! 読者の心に残ったところ、あとで読み返したくなる気持ちを、丁寧にすくい取った造本といえる。
さて、外見ばかりではなく、中身についても少し紹介したい。本書では、多岐にわたるテーマが語られている。それは料理、女性、身体、生き方、性的同意、プロであること、家族の中の自分、公的な役割を担ったことについてなど、いくつもの顔を持つ「バービー」という人間が抱える「今」にも直結している。
そのいずれにおいても著者は、「自分」を一貫して冷静に客観視する。子どもとして、女性として、芸人として、大人として。それぞれの立場で生まれる楽しさや嬉しさはもちろん、怒りも悲しみも正直に紡ぎ出すその姿勢は、現状への糾弾ではない。ただそこに「バービー」というひとりの人間がいることを、事実や感情、出来事をとおして静かに露わにし続ける。恐れることなく、でも力みすぎず。それが何より心地よかった。
Webでの連載をまとめているので、記事をどこかで目にされた方もいるだろう。それでも「本」という形で手元に置いて、ふとした瞬間にまた読み直したくなるような1冊にもなっている。引用したい部分はたくさんあるが、でもそれぞれが感じ入る「言葉」もまた異なるはず。女性にはもちろん男性諸氏にも、ちょっと肩の力を抜きながらページをめくって、自分の「本音」と共にお気に入りの部分を見つけてほしい。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。