「秋の収穫まで待ったなし」のお米作りに密着
私が田んぼについて知っていることはこのくらいで、つまり「日本の四季と結びついた景色」だった。ところが、そこで繰り広げられるドラマの多さといったら! 春の田植えや秋の稲刈りを体験したことがある人はそれなりにいるかもしれない。でも、それらの仕事はお米作りのほんの一部にすぎないことが、青い鳥文庫の『お米ができるまで』を読むとよくわかる。
なにせ「お米作りのスタート」のようなイメージの「田植え」が、本書ではなんと第5章から始まるのだ。5月の田植えの前にも、3月、4月上旬、中旬、下旬と、小刻みのスケジュールで米作りの仕事が待っている。
小学中級から読めるノンフィクションだが、大人にもぜひ読んでもらいたい。作者の岩貞るみこさんは本書の執筆にあたり、新潟県魚沼市でお米を作る“ダイヒョー”こと小岩孝徳さんに半年間密着取材。ダイヒョーのお米作りをスリリングかつユーモラスに描いている。一難去ってまた一難、しかも秋の収穫まで待ったなし。
ところで、今年はお米の流通や価格のことが何度も報じられて、お米がとても注目された年でもある。そのことと、この本を無理に結びつける必要はないと私は考えるが、そもそもお米がどういう存在で、どうやって育てられているかを知っておくことは、日々お米を買って「おいしいなあ」と食べて暮らしていく上でとても大切なことだと思う。
米作りは「苗半作」
米作りは、『苗半作(なえはんさく)』といわれるほど、いかにうまく苗を育てるかで、米のできの半分が決まる。雪がとける前からダイヒョーが、めらめらと闘志を燃やすわけである。
(中略)南北に長い日本列島では、それぞれの地域の気候に合わせて育てやすい品種が選ばれている。ここ魚沼では『コシヒカリ』がいちばん多く作られており、ダイヒョーの作る米も、もちろんコシヒカリだ。
たとえばこんな感じだ。
最初、育苗器(いくびょうき)で育てた苗は、育苗ハウスにうつしかえてさらに大きく育てていくのだ。
育苗ハウスとは、ビニールハウスのこと。よく、きゅうりやトマトやイチゴを栽培する農家で見かけるアレである。
育苗器と育苗ハウス。このふたつの使い方は、ほかの地域はもちろん、同じ魚沼の米農家でもやり方がちがう。育苗器をまったく使わないところもあれば、育苗器のあとは育苗ハウスではなく、田んぼにじかに置いて、上から保温シートをかぶせるというやり方もある。
(中略)
ダイヒョーは、自分なりのやり方を見つけていた。
ふつうのコシヒカリは、最初は育苗器で育ててから、育苗ハウスにうつす。
有機栽培コシヒカリは、育苗器のあとは、田んぼにおいて保温シートをかけて育てる。
種モミの消毒と発芽、種まきに使う床土のレシピ(農家ごとに肥料の配分が異なる)、育苗器の温度管理……気が遠くなるくらいの仕事が独自のスタイルで積み重ねて、途中何度もやってくるピンチを乗り越えて、やっと田植えの日を迎える。
そう、種モミを芽吹かせて苗を育てることは命を扱うことであり、自然を相手にする仕事なので、ピンチの連続なのだ。
私はもう「今年も田植えの季節が始まりました」というニュースをのんきに流し見できない。そこにたどり着くまでの仕事と工夫を考えてしまう。しかも田植えそのものも、めちゃくちゃ大変なのだ。同時進行でさまざまな仕事を休みなく続けるため、やがて疲れが限界突破して「田植えハイ」になってしまうのだという。
うわさのチェーン除草機
田植えが終わって1週間もしないうちに「草とり」の仕事が始まる。ダイヒョーの有機栽培の田んぼでは、除草剤を使わない。ではどうするか。ダイヒョーと、ダイヒョーのもとで働く若者“シンイリ”とのやりとりをご覧いただこう。
ポットの田植えから四日後、ダイヒョーは、超合金ロボットの部品ではないかと思われる、不可解なものを持ってシンイリを待っていた。
(中略)
「なんすか、これ?」
おそるおそる、シンイリがたずねる。
「チェーン除草機。」
「これがうわさの!」
(中略)
「これを、こうかける」
ダイヒョーは、ひもを肩にかけてそのまま進んだ。チェーンがじゃらじゃらと音をたてながら、ひきずれられていく。(中略)
「これで有機栽培の田んぼの上を歩くと、土がかきませられて、表面にある草の種やらなんやらが水面にういてきて、根がつきにくくなるんだ。」

落雷、台風、田んぼの管理に農機の故障(!)、そしてモグラとの攻防……いろんな仕事やピンチを乗り越えて、ダイヒョーの田んぼは秋を迎え、稲刈りが始まる。ここでやっと一息……と思ったら、収穫はゴールではなく、次は出荷作業や米穀検査が待っている。何度も書くが、お米作りは、本当に待ったなしでいくつもの仕事が続くのだ。「愛情をこめて育てたお米」という言葉が誇張なしで本当のことだとよくわかる本だ。
本書を読んでいる最中に、ちょうどお米屋さんからお米が届けられた。思わず「よくぞ私の家に来てくれました」と5kgの米袋を抱きかかえてしまった。きっと同じ気持ちになる方が大勢いるはずだ。