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2024.03.08

レビュー

たった17音で伝わる世界。「ぼっち」の中学生が俳句をとおして新しい未来を切り拓く!

「ぼっち」から世界へ飛び出していく少女

「奪えない この青い春 何人も」
これを書いたのは、クラスでいつも「ぼっち」の松尾音々。中学2年生。彼女は「ぼっち」でいることを選んでいるのであって、まわりからハブられているわけではない(が、状況は同じだ)。そんな彼女だから、自分の言葉が体育祭のスローガンに選ばれて大いに慌てる。無記名で提出したスローガンだったから、当然クラスは「誰が書いた?」とザワつく。プチ地獄。そんななか、学級委員でイケメンの天神至から「松尾さん。今日の放課後って、空いてる?」と尋ねられる……。

『17シーズン 巡るふたりの五七五』は、小学校高学年から中学生を対象とした、とてもみずみずしい青春小説だ。真っ直ぐに伸びる道が見えているのに、それから目を逸らし、うずくまっている少女が、再び立ち上がり駆け出していく。物語はすごくシンプルだけど、ひとつひとつの言葉がキラキラ輝いてみえるのは、きっと「アオハル」マジックのせい。そして五七五という言葉の世界をテーマにしていることも、この物語を清冽なものにしている……のだが、ここに大きな設定のフックがある。

どうして松尾音々が「ぼっち」を選び、コミュニケーションを遮断するのか? それは「吃音」を持っていたから。幼稚園のころ、友達がそれに気づき「ねねねのねねちゃん」と呼んだことに彼女は深く傷つく。成長にともない症状がなくなっても、彼女の言葉と心は引きこもったまま。そして彼女は、自分にとって心地よい五七五の言葉しか口にできなくなっている。彼女がどうして五七五でしか話さないのか、この設定がとても大切に扱われていて、物語が進むごとに包装紙を一枚一枚広げるように明らかになっていく。

話を戻そう。イケメンの天神くんは「嬉歌(うた)」という俳号を持つ、俳句好き。体育祭のスローガンで音々の才能に気づき、国語教師の小林先生と、半ば強引に俳句部へ加入させる。俳句を詠むことで世界に色が付くことを体験し、少しずつその喜びに目覚める音々だが、その歩みは遅い。二歩進んでは、人との壁にぶつかり三歩戻る。そんな歩みを繰り返していく。

言葉と世界を「推敲」する

音々にとって俳句を詠むということは、世界を捉え直す行為だ。それを象徴するシーンがある。俳句部に体験入部した彼女は、夏の『俳句歳時記』から「サイダー」という季語を選び、俳句を詠む。

『気の抜けた サイダーみたい 夏の午後』

ただ「サイダー」と「夏」は夏の季語の「季重なり」であることを、天神君に指摘され、音々が詠み直す。

『気の抜けた サイダーみたい 五時間目』

そこに立ち現れる夏の教室の風景。ぐんと世界の解像度が上がる。すかさず天神君が詠む。

『気が抜けた サイダーと観る 決勝戦』

世界に音が加わる。テレビの音かもしれないし、体育館、球場に響く歓声かもしれない。五七五の世界に音と熱気が溢れ出す。そのやりとりを聞いた、顧問の小林先生が言葉を変える。

『気が抜けた サイダーと観る 甲子園

さらにシチュエーションが限定される。一瞬、サイダーと甲子園は季重なりのような気がした(『歳時記』に「甲子園」は載っていないが、季語として扱う場合もあるらしい)。でも、この物語においては些細なこと。それが自分の世界を満たす言葉であれば、俳句は成立する。自分で選び取る世界は無限にある。もっといえば、五七五にさえこだわらなくていい。俳句には自由律俳句の世界だってあるのだから(自由律俳句ということで言えば、この物語の後半、俳句試合という対抗戦が行われるのだが、音々の相手の名前は種田透華。自由律俳句の巨人、種田山頭火を思わせる)。

さらに物語は豊かに膨らんでいく。イップスが原因で野球部を辞めた鹿沼君の俳句部入部。そして天神君の転校のウワサ。音々が心を閉ざした理由があるように、人それぞれに抱える悩みや事情がある。そしてみんなそれぞれが、異なる言葉を持っている。音々や彼らが言葉を吐き出して、自分を満たす世界を形づくっていく。その繊細な行いを、この小説は丁寧に描き出す。

その物語世界の悪意のなさ、誠実さは、すでにアオハルを遠くすぎた世代には面はゆい。そりゃ小学生、中学生に向けて書かれたものだもの。ただ、自分の子供や孫が思春期という世界に対峙する時期を迎えたとき、そっと差し出す物語として、是非この物語のタイトルを覚えておいてください。心にしっかと残る本ですから。

レビュアー

嶋津善之 イメージ
嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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