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2025.07.07

レビュー

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毎日ヒリヒリ、いつも憂鬱…だから人生はおもしろい。絶望できない男のジェットコースター人生

ホームレスとして町をうろうろしていると、朝、勤め人が家を出て仕事に出かけていく。夕方になったら帰ってくる。家に明かりがついて晩ごはんの匂いがする。そんなひとつひとつがうらやましくて仕方なかった。社長をしていたときは当たり前だと思っていたけれど、仕事があって働けるということがどれほどありがたいことかということを、強烈に思い知らされた。だからとにかく仕事に就きたい。
「なんでもやります。なんなら今日からでも働きます」
著者の奥川拓二氏は、1962年大阪生まれ。大学中退後、テレビ局のADをしながら自身の会社を設立。番組制作からイベントプロデュース、町の喫茶店の空間コンサルほかさまざまな事業に手を出していく中で、自らがプロデュースするとある番組制作に失敗して大きな借金を抱え、会社を解散。

ホームレス生活に突入するも、ほどなくトラック運転手を経て約10年のブランクの後、エンターテインメント業界に復帰する。現在ではポルシェに乘りながら、大阪のタワマンと東京の高級マンションを行き来する生活を送っているという。

本書はそんな奥川氏が、自身の半生を振り返っている1冊だ。いかにして、彼が一度はテレビ業界で名を轟かせながら一瞬にして転落していったのか、そしてどん底からどのように立ち直っていったのか、本人の言葉でテンポよく語られている。

成功者が「いかに自分は底辺から努力してのし上がったか」を語っている書籍は、過剰なまでに世の中にあふれている。もちろん、それらの経験譚や人生描写から得られる教訓も少なくないだろう。しかし、当然ながらそれらの書籍から得られる教訓は、本当に役に立つかはわからない。「たまたまうまくいっただけ」である可能性は捨てきれない。どこまで行っても、成功者バイアスから逃れられないのだ。

しかし本書は、その手の自己啓発系ビジネス書とは一線を画しているように思える。
その理由のひとつ目は、まず「教訓くささがほとんどないこと」。
本書はかなり軽快に、一人のバイタリティ溢れる中年男性の半生が描かれたノンフィクションである。格式ばったり体裁を整えたり、という雰囲気がほとんどない。描かれている本人像もかなりの等身大で、自身をカッコよく見せたいという思いは感じられない。

奥川氏が持つ一番の武器は、プレゼン能力の高さ。こう書くとなにやらビジネススキルっぽく見えるかもしれないが、要は「“口の上手さ”」である。
……そう書いてしまうと、今度は軽すぎるような気もする。言うならば「自身の“面白がる力 ”を、その熱とともに他人に伝播させられる能力」とでもいうべきか。
いつかこの話が披露できたら……。やくざに追い込まれながら、ホームレスをしながら、ひょんなことから二〇万円を手にして、トラックでだんだんと出世しながら、頭の中で、さてどう話したもんかとネタを繰ってた甲斐があったというものである。直接会った人だけでなく、奥川の復活話は人から人へ業界に知れ渡った。
「その話聞かせて!」
とお座敷がかかり、飲み屋でまたひとしきり披露するのだった。
そんなある日、道を歩いていると、
「おーい、奥川!」
と声がする。声の方を見ると旧知の映画プロデューサーが手を振っていた。
「おまえどうしててん!」
ここは道ばたでもあるので、ごくショートバージョンで説明する。
「おまえ、ラジオで探されとってんぞ」
知り合いのDJが自分のやっているラジオ番組で、
「奥川! 生きてたら連絡せえ!」
とやったらしい。そんな放送が大阪中に流れていたなんて知るよしもなかったが、どれだけたくさんの人が心配してくれていたかを思うと、ありがたさで胸がいっぱいになった。
彼の周囲は終始、こんな感じだ。特にイケメンでもない(失礼)奥川氏が、若いころから異性に困ったことなど一切なく、派手に複数の女性と遊びまくることができていた理由としては、もちろん華やかな業界にいたこともあるだろう。しかしそれ以上に「目の前の人をいかに楽しませるか」に、必死で汗をかくことができる性分であるが故だと思う。

これだけ多くの人を面白がらせるプレゼン能力を、今回は文章でも発揮している。そう考えると、この本の圧倒的な“読みやすさ”にも納得できる。なにせ約240ページというそこそこボリュームのある読み物本が、2~3時間かそこらで一気に読めてしまったのだ。

本書が巷(ちまた)の自己啓発系ビジネス書とは一線を画していると感じる理由、二つ目は、奥川氏ご自身の、強烈なパーソナリティが故である。ひと言でいうなら「これ、絶対に真似しようとしてもできんわ」と感じさせる、著者自身のバイタリティ、生命力の強さを、至るところに感じるのだ。

ある意味、「なんだ、このオッサンは。おもしれえじゃねえか」(失礼)と、まるで自分がこの本の中の登場人物になったかのような、つまりは奥川氏の周辺にいる人物の一人になったかのような錯覚を持たされる。「この本で学んだことが、人生の役に立つかもしれない」というような思いは、気づけばどこかに吹き飛んでいる。そんな1冊だ。

ちなみに、ベタな表現で恐縮だが、まさにジェットコースターのように激しい上下運動を見せる彼の半生は、今の私自身の半生からは、かなり離れた世界にあるように思える。そんな私でも本書で語られている彼の信条や性質には、共感できるところも多い。そのうちのひとつが以下の一節だ。
だが絶望はしていなかった。考えてみればこれまで生きてきて「絶望」という心境に陥ったことはなかった。中学生のときに激しくいじめられてたときも、会社が傾いてやくざに追い込まれたときも、ホームレスとして町を徘徊しているときも、絶望はしていなかった。その状況を、楽しむまではいかないが、どこか第三者のように観察している自分がいた。
「これはどこまでいくんやろ」
限界まで見てやろうという気になった。
後悔もなかった。後悔というのは「あのときこうしてたらよかった」と振り返ることだ。いつのときも振り返ったことがない。「いま」に没入している。アメリカンパブでのバイトのときに、洗い場からホールへ、ホールからバーカウンターへ、バーカウンターからバンク前へ、と細かい目標に向かって一歩一歩登っていったように。
「今日はこの荷物をどう運んだろか」
という目前の課題に没入する。トラックを運転しながら、前の車のテールランプを見つめ続けて、ただ運転に集中していた。
私自身、新卒で就職した会社で(ほぼ100%自分の未熟さが原因で)うまく立ち回れず、20代半ばでなんのアテもなく退職した経験がある。どん底とまでは言わないが、わずかな光が見えるか見えないか、くらいの暗闇ではあった。
そこから幸運にも今の仕事に辿り着き、もう四半世紀が過ぎようとしているのだが、特にこの仕事の初期のころは「先のこと」を意識して考えないようにしていた気がする。

とにかく顔を上げずに周りも見ずに、目の前の資料、目の前の仕事、目の前の原稿にかぶりつき、なんとかこなしたらすぐに次。当時からフリーランスだったが、まだ若かったので、徹夜明けだろうが緊急の仕事だろうが、ほぼ断らなかったと記憶している。

そんな生活を2年、3年と続けていく中で、ふと顔を上げたら、いつの間にか周りにはお互いにある程度以上の信頼関係が結べているクライアントや、ともに大き目の仕事に協力して立ち向かえるような仲間が増えていた。

「絶望すること」には、おそらくなんのメリットもない。本書は気づけば図らずも、私自身もそれとなく感じていたひとつの信条を、再確認させてもらった1冊になっていた。

レビュアー

奥津圭介

編集者/ライター。1975年生まれ。一橋大学法学部卒。某損害保険会社勤務を経て、フリーランス・ライターとして独立。ビジネス書、実用書から野球関連の単行本、マンガ・映画の公式ガイドなどを中心に編集・執筆。著書に『中間管理録トネガワの悪魔的人生相談』『マンガでわかるビジネス統計超入門』(講談社刊)。

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