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2025.06.16

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【認知症】そのとき脳で何が起こっているのか? 遺伝、新薬、そして患者数を半減させる方法とは?

本書の執筆にあたっては、次の3点を指針としました。
第一に、認知症の人が減り始めている現実を分析しながら、認知症の予防法や、認知症の人を減らす方法をわかりやすく解説すること。専門用語をなるべく使わずに書くことを心がけました。
第二に、前著『脳からみた認知症』刊行からの13年間の認知症をめぐる大きな進歩や変化を盛り込み、最新の情報をお届けすること。そこには、アメリカ精神医学会における新しい診断基準(DSM第5版)の提唱――特に「社会的認知の障害」の登場(2013年)、WHO(世界保健機関)ガイドライン「認知機能低下および認知症のリスク低減」の発表(2019年)、わが国における「認知症基本法」の制定(2023年)、アルツハイマー病を治療する新薬「レカネマブ」「ドナネマブ」の使用開始(2023年~)などが含まれます。
第三に、認知症に対する施策は拡充されてきましたが、今もって地域社会から孤立し、苦悩する認知症の人や家族は少なくありません。高齢者虐待や介護殺人、認知症が原因と考えられる行方不明者等も増加しています。こうした認知症問題の暗い部分を正面から受け止め、少子化・人口減社会という現実から目をそらさずに、解決を目指す方向性を考察しました。

認知症の人が減る社会・認知症の人に優しい社会を目指す1冊

著者の伊古田俊夫氏は、日本脳神経外科学会専門医、認知症サポート医。日本の認知症研究・診療の最前線で活躍し、著書に『40歳からの「認知症予防」入門』『社会脳からみた認知症』などがある、まさに認知症のスペシャリストだ。

本書は、著者が13年前に上梓した『脳からみた認知症』の改訂版として執筆を開始。しかし、この13年間での認知症を巡る状況の変化があまりに大きく、結果的にはほぼ全文を新たに書き起こすことになったそうだ。

両親ともに後期高齢者(80代後半)である私にとっても、まったく他人事ではない。本書の内容を見ていきたいと思う。

まずは、第1章「認知症を知ろう」、第2章「認知症とはどういう病気か?」で、認知症についてベースとなる知識を確認。一般によく知られている症状の紹介からスタートし、脳の仕組みと働きに関する部位ごとの解説も含まれる。
第2章ではよく知られる「アルツハイマー型認知症」に加えて、「レビー小体型認知症」ほか、別の要因で起こり症状も異なる6つの認知症について解説。たとえば記憶力が衰えて、自分が誰だかわからなくなるのが「アルツハイマー型認知症」ならば、人柄が変わり傍若無人な言動が増えてしまうのが「前頭側頭型認知症」。存在しない人や生き物がありありと見えてしまうのは「レビー小体型認知症」であるという。

続いて第3章「アルツハイマー型認知症の新薬『レカネマブ』と『ドナネマブ』」では、章タイトル通り、まさに直近で投薬が開始された2つの新薬『レカネマブ』『ドナネマブ』についての「知っておくべきこと」が紹介されている。どんな人に適応できるのか、どんな効果があるのか、副作用はどんなものがあるのか。さらには治療期間や投薬までのプロセス、費用にまでも言及している。

極めて簡単に記すと、効果としては「脳内のアミロイドβ(アルツハイマー型認知症の原因物質)の減少・消失」、それに伴う「認知症進行の遅延」であり、残念ながら記憶や症状の改善を期待できる薬ではないとのこと。それでも特に軽度認知症の患者の場合、生活の中で効果を感じられることもあるという。

第4章「記憶や言語はどう蝕まれるのか」、第5章「人の気持ちを理解する、自分を知る」では、認知症の中核症状である記憶障害や言語障害、さらには社会的な適応能力の欠落について、そのシステムを解説。ここで今一度「認知症についての正しい知識を得る」という目的に向けて、一歩踏み込んだ解説が行われている。

認知症患者が減少している世の中だからこそ、本書はより強い希望の光となる

認知症によって扁桃体が障害されると、本能感覚が乱れ、性的逸脱行動などの問題行動が起きます。性的逸脱行動を「病気の症状」としてとらえる視点に欠けていると、「人格の問題」としてとらえてしまうことになります。「この人はいやらしい人なんだ」「この人は低劣な人格の持ち主なんだ」などと考えてしまったのでは、介護への意欲は萎えてしまうでしょう。決して当人の人格の問題ではなく、「認知症という病気の症状」として把握することが大切です。
これまでの臨床経験から、性的逸脱行動の頻度はそう高くないと感じていますが、ひとたび発生すると周囲の人たちを困難な状況に陥らせます。介護の工夫や環境調整で収まらない場合には、医療の介入、すなわち精神科の受診や抗精神病薬による治療などが検討されることになります。
第6章からの引用。本書の中でもっとも身につまされるのが、この第6章「認知症はなぜ嫌われるのか?」だ。認知症のよく知られる症状である暴言や徘徊、妄想などに加えて食欲や性欲への異変など「介護者をもっとも困らせる症状」について、その発生原因や対処法、NG行動などを解説している。まずは「人格の問題」ではなく「病気の症状」だという認識を決して忘れないことが大切だという。

第7章「『納得のいく診療』を受けるために」では、日本の医療体制における認知症対応の現状を解説。困った時の最後の砦として「認知症初期集中支援チーム」の存在にも触れている。

第8章「認知症を予防するには?」は、私たちのような中高年がもっとも興味がある内容だろう。生活習慣から食事、運動、趣味に至るまで、認知症を予防する、もしくは発症を遅らせるためのノウハウを数多く紹介。内容的には本文の項目「認知症とがんの予防法は、ほぼ一致している」にもあるように、バランスのいい食生活と適度な運動、さらには禁酒(節酒)・禁煙、および積極的な社会参加、という感じだ。

最後の第9章が「認知症の人に優しい社会へ」。認知症患者の増加が社会問題となっていたこの15年ほどの間に、認知症の人たちやその家族、介護者たちが集まる「認知症カフェ」や、地域包括支援センターを中心とした認知症サポートの取り組み「チームオレンジ」など、さまざまな支援の取り組みが進行している。本章ではそれらの紹介をはじめとして「認知症の人に優しい社会」の作り方を提言している。

実は私自身、この4年ほど高齢者医療に関する医療機関が購読する媒体に関わっているので、認知症について最低限の知識は持っているつもりだった。それでも決して専門家ではない私にとって「名前だけは知っていた」認知症薬や「漠然としか認識していなかった」部分の知識を、平易な文章で補完してくれるありがたい1冊だった。

本書の冒頭では「認知症患者が世界的に減少し始めている」という、少し意外な現状が紹介されている。そんな状況だからこそ、現状の認知症対応の医療体制、サポート体制の維持・拡充が進められれば、本当の意味で「認知症が社会的な脅威にならない世の中」が目指せるのではないか。

誰もが人としての尊厳を保ちながら、穏やかな気持ちで人生の幕を引ける社会。困難な道ではあるかもしれないが、ぜひ目指してほしいし、目指していきたいと思う。

レビュアー

奥津圭介

編集者/ライター。1975年生まれ。一橋大学法学部卒。某損害保険会社勤務を経て、フリーランス・ライターとして独立。ビジネス書、実用書から野球関連の単行本、マンガ・映画の公式ガイドなどを中心に編集・執筆。著書に『中間管理録トネガワの悪魔的人生相談』『マンガでわかるビジネス統計超入門』(講談社刊)。

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