ご多分に漏れず、今年の大河ドラマを楽しんでいる。今まで漠然としか知らなかった平安時代の人物たちが、ぐっと身近になってきた。すると今度は史実とフィクションが織り交ざるドラマの先を知りたくなって、ついあれこれと調べてしまう。
驚いたのは、主人公・藤原道長の妻である源倫子(みなもとのりんし/ともこ)の没年だ。歴代の帝の后(きさき)となった娘たちを含む、2男4女の母として知られる彼女が亡くなったのは、実に90歳の時だった。当時の平均寿命を思えば驚異的であり、現代でも立派なご長寿と言えよう。ちなみに本書によると、最近の日本の平均寿命は以下の通りだ。
男性75.23歳、女性80.93歳だった日本人の平均寿命(厚生労働省「簡易生命表」1986年)は、40年近く経った今、男性81.05歳、女性87.09歳に延び(同2022年)、超高齢社会を迎えている。WHO(世界保健機関)の世界保健統計2024年版によると、男女合計の日本人の平均寿命は84.5歳で、世界1位でもある。
長野県上田市生まれの著者は、北海道大学水産学部を卒業後、信濃毎日新聞社へ入社した。報道部や整理部を経て、文化部に在籍中の1986年夏から翌87年秋まで、科学担当記者として「老化を探る」と題したシリーズを43回にわたり紙面に連載したという。医学や医療、健康問題の取材におけるエキスパートであり、現在は同紙の特別編集委員を務めている。
そんな著者が後期高齢者となった今、「原点に戻って、老化・寿命をもう一度追ってみたい」と願い、手がけた成果が本書である。2023年1月から2024年4月にかけて、以前と同じ信濃毎日新聞の科学面で「老化と寿命を探る」をテーマとし、39回の連載を行った。その内容に一部手を加えたものが、今回、書籍の形で刊行された。
全3章からなる本書は、大きく二つに分けられる。意外な長命を誇る動物たちの謎に迫る第1章と、基礎老化学の観点から人類の老化のメカニズムを追う第2章は、第一線で活躍する研究者たちの声と最新研究を元に構成されている。ここまでが本書の前半で、残りの半分は、老化に伴う疾患とその対処法を取り上げた第3章が占めている。
後半となる第3章では、認知症はもとより睡眠と加齢の関係や、皮膚、耳、歯、目といった、生活の質に直結する機能の衰えについても解説されていた。いずれも身近な話題であり、健康な老後を過ごすために知っておきたい知識ばかり。おそらく新聞連載時には、高い関心を持って読まれたにちがいない。
400年近く生きたサメ
さて実用的な第3章もさることながら、私が興味深く読んだのは第1章だ。「400年も生きたサメがいた!」からはじまるくだりに、心が躍った。
そのサメの年齢は392±120歳と推定された。400年近く生きていたとみられ、最大で512歳、少なく見積もっても272歳だった──。
2016年、コペンハーゲン大学(デンマーク)のニールセン博士らが米科学誌『サイエンス』に発表したニシオンデンザメに関する論文は、脊椎(せきつい)動物の最長寿記録を大きく塗り替えた。
ことわざの印象からか、亀の仲間には100年以上生きる種があると知っていたものの、まさかのサメ! その上、100年どころか400年以上とは意外だった。
著者が取材した海洋生物学者で、ニシオンデンザメの生態を調査している総合研究大学院大学統合進化科学研究センター教授の渡辺佑基氏によると、サメは水温によって体温が変わる変温動物であり、「体温が下がるほど代謝量(エネルギー消費量)も下がる」という。水温0度前後の海に生きるニシオンデンザメの体温は、およそ0度。そのため代謝量が極端に低く、運動量も少ない。遊泳スピードは平均時速800メートルで、瞬間最大速度でも同2キロ程度。当然ながら成長にも、多くの時間を要する。
ニールセン博士らは「雌が性的に成熟するには156±22年かかる」と報告している。「異常に遅い成長と数世紀にわたる寿命は、低体温(低代謝量)と巨体という二つの要素が組み合わさった結果もたらされた」と渡辺教授は説明した。
これに加えて著者は、酸素の消費量と長寿の関係にも注目している。体内で酸素が消費されると、一部は活性酸素(酸素毒)となり、身体に害を及ぼすことがある。ニシオンデンザメの長寿は、活性酸素の少なさによるのかもしれない──そう考えると、「当時の平安貴族として、おそらくは運動量の少なかった倫子の寿命も、もしかして……?」などと、思わず夢想してしまう。謎の解明が待ち遠しい。
他にも「若返りをするクラゲ」の話や、「子どもと大人の時間の体感差」に関する説明、そして時折登場する豆知識的な「コラム」の内容に唸(うな)らされた。寿命について知ることは、誰もが生きる「これからの時間」を考え、備えることでもある。未来の自分に起きる問題を見つめながら、科学の進歩と寿命にまつわる最新研究を楽しんでほしい。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。