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2025.05.14

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国際紛争、テロ……混迷を極める現代社会に必須の「インテリジェンス」とは何か?

インテリジェンスとはなにか

「インテリジェンス」と聞いて、何だそれと思う人も多いことでしょう。
とても世俗的に、かつ粗雑に言うならアレです。007とかミッションインポッシブルとか。
なんだスパイ活動のことか、と思ってもらえれば当たらずとも遠からずでしょう。
ただし、これらフィクションで描かれたのはインテリジェンスと呼ばれる活動のほんの一部にすぎません。また、断じて本質ではありません。

本書は、インテリジェンスをこう定義づけています。
インテリジェンスとは、「政策決定者が国家安全保障上の問題に関して判断を行うために政策決定者に提供される、情報から分析・加工された知識のプロダクト、あるいはそうしたプロダクトをを生産するプロセス」のことを言う。
この定義は本書に頻出します。本書のほとんどは、この定義を説明・補足するために費やされている、といっても過言ではないでしょう。
007の仕事がインテリジェンスの一部にすぎないことを、本書は次のような優れた比喩でわかりやすく説明してくれています。
天気予報番組に例えると、気温や気圧などの数値や過去の天気図のデータの蓄積等はインフォメーションにすぎない。これらのインフォメーションを分析・加工して「明日の降水確率は○○%」と予想したものがインテリジェンスに当たる。番組の視聴者としては、「明日の外出時に傘を持参するか否か」、「今日洗濯物を屋外に干すか否か」等の判断を行うに当たり、前者だけ提供されても判断は困難であり、後者の提供を受けて初めて判断が可能となる。

国あるかぎりインテリジェンスはある

解説で佐藤優氏も述べておられますが、本書はインテリジェンスについて「エピソード主義に陥ることを避け、学術的な吟味を徹底的に行い、概念化を試みた」書です。

「日本にはインテリジェンスが不足している」という論を聞いたことがある人は多いでしょう。
しかし、そのような議論はとても漠然としています。本書に詳説されているとおり、日本にインテリジェンス機関がまったく存在しないわけではありません。したがって、「何があって、何が不足しているのか」を把握し、「どういうものが望ましいのか」を述べることからしか、議論ははじまらないのです。また、「日本固有の事情」もあります。日本にCIAをつくればいいというような単純なものではありません。
日本においては、第二次世界大戦前及び戦中における特高警察の事例等もあり、社会の中において「インテリジェンス組織に対する不信感の文化」は比較的顕著であるとみられる。
こうした「国家のインテリジェンス活動等に対する不信感」と「警察組織やインテリジェンス組織等に対する政治的中立の確保の重視」は、(米国やイギリス等と異なる)日本に特有な歴史的、政治的、文化的な特徴と考えられる。将来的に日本におけるインテリジェンスに対する民主的統制の制度を検討する際には、他国の制度を参考にしつつも(「イギリス型か、米国型か」といった単純な議論を行うのではなく)、こうした日本の特有の状況を踏まえつつ、日本に最も適した制度の在り方を検討する必要があると考えられる。
本書は、インテリジェンスにたいする学術的な論を積み重ねつつ、さまざまな事例をくわえてインテリジェンスを考察していきます。本書の論を無視してインテリジェンスを語ることはできないし、本書の内容にふれずに語られるインテリジェンス論はまったく空論であると断じていいでしょう。

著者自身は本書についてこう語っています。
経済学や国際政治学においても、現実の経済事情や国際関係を分析したり論じるに当たっては、まず先人の構築した学術的な理論的枠組みを学び、そうした理論的枠組みを通じて現実の事象の分析に当たることが有用である。(中略)理論的枠組みに基づかない議論は、ともすれば個人的な経験談、思い付き、感情論等に過ぎず、普遍的な妥当性を持ちにくい場合も少なくない。そうしたことから、今後、我が国においてインテリジェンスに関する議論の更なる健全な発展を促すためにも、インテリジェンスに関する基礎的な理論の研究と学習は大切なことであると筆者は考える。
啓蒙されることのとても多い本ですが、わけても感心したのは、古代中国の兵法書『孫子』(紀元前五世紀)やわが国の戦国時代を例にあげつつ、「インテリジェンスは決して新しいものではなく、国あるかぎり必要なものだ」と述べている点です。本書ではたびたび冷戦時代とそれ以降で、インテリジェンスのありかたが変わってきたことを述べていますが、基本的なところ(上記の定義)はまったく変わっていません。

本書は、インテリジェンスの必要性を声高に主張するのでなく、むしろ冷静に過去の論を紹介すことにより、その深みや奥行き、さらには議論の提案までなし得ている好著であります。

レビュアー

草野真一

早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 何が便利で、何が怖いのか』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。

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