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2019.09.21

レビュー

【新時代の頭の体操】歯がたたない問題があれば、それがあなたの教養の欠損だ

日々、教養がないと痛感していても、自分の無学に蓋をしてこれまでやり過ごしてきた──。そんな社会人へ向けて、「とっておきの良問」で学び直すための道すじを授けてくれるユニークな“教養入門”だ。

中高レベルの一部知識に欠落がある“ごくフツー”の社会人に向けて

本書の著者、佐藤優氏といえば、博覧強記の本格派教養人だ。元外務省主任分析官というイカツイ経歴をもつ、あの眼光鋭い強面の作家、当代きっての論客。そういう予備知識はあった。対面なら怖気づくところだが、相手は1冊の本である。一体どんな難問を突きつけてくるのだろうか、と半ば観戦気分で手に取った。しかしこれがとんでもない誤算だった。
というのも本書は、そもそも教養度が高い同氏著作の熱心な読者向けではなく、むしろ私のような「中学・高校レベルの知識欠損を抱えている」社会人一般に向けた挑戦状だったからだ。近年の高校時の授業内容について、著者はこういう。

極限や微分・積分などを主に扱う「数学Ⅲ」はほとんどの文系学生には無関係なものになり、社会科や理科についても、自分の志望校に必要ないと判断すればかなりの数の科目を「捨てる」ことができるようになってしまった。

憚(はばか)りながら申し上げます。痛いところを突かれたなと思った方いますよね、私以外にも。そんな仮想読者のために用意されたのが、本書の60題である。「数的推理」「判断推理」「文章理解」「知識問題」といった4分野から出題される「地方上級公務員試験」の過去問の中から著者自ら厳選した問題という。なぜ公務員試験なのか。著者はその理由を語る。

現在の日本の教育が抱える致命的欠陥である「高大接続」ギャップの解消、つまり学生たちが高校卒業までに教わる内容と、大学入学後に行う学問との間にある「深すぎる溝」を埋めるための教材として、地方上級公務員試験の過去問がうってつけだからである。

本書を読んでもらえば一目瞭然だが、「中学・高校レベルの知識欠損を抱えている人には公務員になってもらっては困る」という、出題者(つまり日本全国の自治体)の意図が実によく分かるつくりになっている。

著者は数年前から母校の同志社大学神学部の教壇に立っているそうだが、実際にその授業の中でも地方上級公務員試験の過去問を使って、基礎教養の底上げにすでに成果を上げているという。

どう役立つのか、教養の先っちょをチラ見できる

ここで、それなら公務員試験の対策本や予想問題集を手に取ればいいじゃないか。そんな声も聞こえてきそうだ。
しかし、本書はそういう類の問題集とは一線を画す。本書の凄いところは、各問題の〈解説解答〉に〈補足〉が随所に挿入されているところだ。佐藤優氏ならではの付け足しコメントの素晴らしさだ。もともと外務省でエリート外交官に“インテリジェンス”教育を授けてきただけあって、単なる解答法の解説にとどまらない。

私の場合、本書全問題を解いてみて自分の基礎教養の欠損の見取り図がわかったら、さっそく当該分野を学び直したくなった。なぜなら、学び直しの先に、こんな風な世の中の見方ができるのかという実用例、すなわち佐藤優の私見が〈補足〉されているからだ。教養の先っちょをチラ見させてくれている。〈補足〉は国際政治をめぐる著者の私見から、神学者としての研究における関心まで、バリエーションも豊富。私は、なかでも〈補足〉解説を支える2つの観点に惹きつけられた。

あなたのビジネスに役立つ

1つは“仕事に役立つ”という観点。
例えば、本書帯の裏にも掲げられている「数的推理」の問21(私は代数置いてややこしい方程式作ろうとして玉砕しました)。



その解説は後半、ビジネスの話へと展開する。

このような思考法、つまり複雑な問題に取り組まなくてはいけない際にまず問題を分割し、分割され単純化された個々の問題を解決しておいた上で最後にそれらを総合する、という考え方は、ビジネスパーソンが仕事をする上でも大いに役立つものである。

「わからないものは分割して考える」という思考法の効用について、端的に示してくれるのだ。私事ながら私は今、ある仕事を抱えている。4者間の利害調整をしながら進めていく1つの企画。厄介で面倒臭い案件だなあとドンヨリ思っていたところ、この解説を読んで光が差したように思えた。企画の風呂敷に補助線を引いて分割してやればいいんだなと頭の中がクリアになった。なるほど自分とは無縁に思えた「数的推理」も、ビジネスにおいて土台となる思考スキームを授けてくれる。

歴史を学ぶ意義を知る

もう1つは、“歴史を学ぶ意義を知る”という観点。
例えば歴史に関する「知識」問題。問26「明治政府が行った近代化政策」や、問31「第二次世界大戦前の昭和期」に関する問いの〈補足〉解説に目を覚まされる。
日本の近代化において、議会制民主主義が成立していく過程やメリット・デメリットを整理した上で、5・15事件や2・26事件に通底する“昭和維新”思想の根幹に触れ、歴史を学ぶ意義についてこう語る。

いずれにしても、右翼思想は共鳴できる、できないにかかわらず勉強しておくべきものである。なぜなら日本という国は危機に陥ると誰かが必ず暴力的な爆発をする体質をもっており、その暴発の際には必ず先例を踏襲するからである。

外交について各国の歴史認識を踏まえた解説にも引き込まれる。1933年の国際連盟脱退の際に松岡洋右が行った演説を取り上げ、対欧州各国・対アジアへの両視点を踏まえてその主張を分析。併せて中国・朝鮮から見た認識について「日本が現在に至っても過去の植民地支配に対して鈍感であることの一因」と指摘する。
「19世紀イギリス」に関する問題(問32)では、1849年航海法廃止以後の自由主義貿易への政策転換を題材にしながら、自由主義或いは保護主義的な政策の本質を解説した上で、現在のEUやTPPの保護主義的性格についても指摘。
「嫌韓報道」「貿易戦争」「難民移民」など日々のニュースを流し見しないためにも、それぞれの立場に立った歴史の学び直しが必要なんだと、本書を読んで痛感した。

本書を読んだ後にオススメ

教養の欠損を把握した後の読者へのケアも手厚い。学び直しに最適な各分野の基本図書が紹介されている。私もさっそく読み始めている。「一冊だけあげるなら……」と厳選された入門書はとても心強い。もし、それでも往生する場合には佐藤優氏の他著作が大変参考になる。ビジネスパーソンならば『牙を研げ』(講談社現代新書)や『読書の技法』(東洋経済新報社)を、現役の高校生や大学生なら『人生のサバイバル力』(講談社)の平行読みをオススメしたい。教養を身につけるまでのプロセスが実践的に示されている。

レビュアー

河三平

出版社勤務ののち、現在フリー編集者。学生時代に古書店でアルバイトして以来、本屋めぐりがやめられない。夢は本屋のおやじさん。

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