「この国、ヤバイんじゃねえの?」
多くの人が心のどこかでそう感じていることだろう。
人は、目に見えて減ってきている。野村総合研究所の予測によれば、2033年には3軒に1軒は空き家になるそうだ。2013年の総務省調査でも、すでに7軒に1軒が空き家であると発表されている。
最近は田舎への移住を勧めるメディアが多いが、なんのことはない、それをしないと地方の農村は人がいなくなってしまうからだ。当然のことながら住宅の新規建設は控えられ、経済にも大きな打撃を与えている。
少子高齢化も明らかだ。自分のように昭和生まれの人間が見るとよくわかる。町に、じじいばばあが増えた。反対に、子どもの姿は減った。
つけ加えるならば、天変地異も多くなっている。豪雨や地震などの避けられぬ天災も、めずらしいものではなくなった、と言っていいだろう。
そのくせ、じじいばばあたちは言うんだ。
「最近の若者は根性がない」
根性があるかどうかはデータになりにくいからわからないが、あんたたちが若い頃とは全然状況が違うんだよ、とは声を大にして言いたい。フラフープ、ダッコちゃん人形、インベーダーゲーム、ゲームウォッチ、ルービック・キューブ、iモード。過去にブームになった事物は、たいがいが豊かな国内市場(人口の多さ)を背景にしていた。国内経済に有利なレート、1ドル360円に固定されていた時代もある。その当時の残滓(ざんし)をひきずって、安易に今の若者はとか言うな。この状況を作ったのだってあんたたちなんだぜ?
今、あなたたちがするべきなのは、現状をグチることじゃない。次の世代のためにできることは何か。子どもたちに遺してやれるものは何か。それを考え、そのために尽力することだ。あなたの経験は、そこでこそ活かされる。
本書の著者は野口悠紀雄さんである。まさに豊かな国内市場を背景に、「『超』整理法」というベストセラーを出版し、時代の寵児となった経験を持つ人だ。同書が有名なせいか、野口さんの本職が経済学者であることはあまり知られていない。だが、真骨頂は間違いなくこっちだ。
官庁の中の官庁といわれた大蔵省(現在の財務省であるが、規模はずっと大きい)に勤務していた経験もあり、ベストセラーを出したこともある。言いかえれば、多くの人にメッセージを届かせるにはどうしたらいいか経験的に知っているということで、本書にも単に象牙の塔の中だけで育てたのではない論が息づいている。このジャンルの本としてはめずらしいほど読みやすいし、わかりやすい。
本書を読みながら、ああなるほどとつぶやく瞬間が何度かあった。
GDPとはなにかという基礎的な事項から、中国の大躍進の背景にはなにがあったのか、イギリスのEU離脱にはどんな意見対立があったのか、トランプ大統領の国内製造業の保護と米中の貿易摩擦は何をもたらすか、FTP・TPPとは何か、IT関連企業はなぜシリコンバレーに集まっているのかなど、わかっているようでじつは何もわかっていないことが、ていねいに説明されている。
さらに、本書を読むと、より強く感じられる。
「この国、ヤバイんじゃねえの?」
ぼんやりした不安に過ぎなかったそれが、幾多のデータに裏付けられ、リアリティを与えられていくのだ。
たとえば、本書にこんな1文がある。
経済を成長させるためには、人口(労働力)が増えるか、資本の蓄積が進むか、あるいは技術が進歩することが必要です。
日本の凋落ではなく、経済の基本について記されたものだが、おいおい、と思わずにはいられなかった。
日本はどんどん人口が減ってるんだぜ? 技術進歩の確率は、誰がどう考えたって人口が多いほうが高い。絶望的じゃないか!
別の文脈で、日本の教育機関の世界における位置低下についても語られている。要するに優秀な学生が少なくなっているということで、これも遠回しに「技術進歩は望み薄だ」と述べられているように思えて仕方がなかった。
とはいえ、だから「先行きはいいことがない」と結論するのは、ナンセンスだ。本書はそんなこと、ひとことだって述べちゃいない。
これからどうなるかなんて、誰も知らない。もちろん野口さんだってわからない。だが、確固とした理解を持っているならば、苦しい局面で立ち回るよすがとなってくれるだろう。
あなたがぼんやりと感じているとおり、そして本書がさまざまなデータをもとに指摘しているとおり、日本の将来は決して明るくない。だが、理論は、あたかも電灯のように暗い夜道を照らしてくれる。
それを学ぶために、本書は適当な素材である。
おそらく、著者もそうあってほしいと願っている。本書が新書および電子書籍というハンディな形態でリリースされ、日本語で記されているのはそのためだ。
これは自分の考えだが――野口氏は、本書および本書の姉妹編である『日本経済入門』を、今を生きる若い人たちに遺していこうとしているのではないだろうか。
この知識と情報を認識せよ。認識したうえで考えよ。自分たちはどうすべきか。どうあるべきか。
繰り返すが、そんな説教くさいメッセージは、本書のどこにも書かれてはいない。だが、読み進むにつれ、本書がそう語っているように思えて仕方がなかった。
もっとわかりやすく言おう。
これは、あなたのための本である。
あなたのために書かれた本である。
レビュアー
早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。https://hon-yak.net/