日本経済はどうなっているのか、なぜわかりにくいのか、原因として2つのことが考えられます。
1.現状が正しく認識されていない。古い先入観や固定観念から脱却できていない。
2.経済の仕組みが正確に理解されていない。
この2つの理解不足を解きほぐして、日本経済の本質を解明し、私たちの固定観念・誤解を解いた快著がこの本です。
間違った考え・固定観念とは、たとえば「物価の下落は悪いことであり、物価を上昇させれば経済が良くなる」というようなことです。「デフレからの脱却」というかけ声のもとでいわれていることです。この物価の下落というものは本当に好ましくないのでしょうか。
物価の下落は企業利益を減少させ、賃金が引き下げられ、消費が縮小され続けるというデフレスパイラルを引き起こすので問題だとされてきました。これは本当なのでしょうか。生活者(消費者)の立場・感覚からすれば物価が下がることは望ましいことです。ではこの消費者が望ましいと思うことが不況の原因なのでしょうか?
野口さんが着目すべきといっているのは「相対価格」というものです。日本のサービス業と工業製品の相対価格の変化はこのようになっています。
──大雑把に言えば、1990年に比べると、サービス価格がほぼ2割上昇した一方で、工業製品価格は半分以下になりました。したがって、相対価格は、この20年間に2.4倍程度は変化したことになります。──
注意しなければならないのは、野口さんによれば、これは「デフレ」ではないということです。
──「デフレーション」とはすべての物価が一様に下落する現象を指します。この過程において、さまざまな財やサービスの間の相対価格が変化することはありません。つまり、これは「物価水準」(あるいは絶対価格)の下落です。(略)しかし先に見たように、実際に起きていることは、一様な価格下落ではありません。前述したように工業製品の価格動向とサービスの価格動向の間には、著しい差異が見られるのです。経済学の用語を使って言えば、「相対価格」が変化しているのです。したがって、この現象を「デフレ」と呼ぶのは誤りです。──
一様な価格下落には「貨幣供給量の増大」が効果があるといわれますが、「相対価格の変化」にはそれでは対応できません。産業構造や経済行動の変化こそが重要なのです。
──消費者の立場から言えば、安くなった工業製品を使って、サービスに代替すべきです。(略)生産の側面で言えば、必要なのは、古いタイプの生産能力を削減し、新しいタイプの生産力を増強することです。──
政府は診断を間違えているのです。
では円安はどう考えるべきなのでしょう。金融緩和によって円安になり、景気がよくなっていくと考えている人(もちろん政府のアナウンスもあります)は多いと思います。けれどここにも誤謬が隠されています。
円安は労働者を貧しくするのです。なぜでしょうか?
──円安が企業利益を増加させるのは、日本人の労働が国際的に見て安く評価されることになるからです。円安になっても、日本企業は輸出品のドル建て価格をあまり変化させません。他方で、国内の賃金は円建てで変わらないので、ドル建てで見れば低下します。したがって、円安になると、実態が何も変わらないのにドル建ての利益は増加します。つまり、ドル建てで賃金が切り下げられたために、利益が増えるのです。──
円安はそれ自体で格差拡大をもたらします。また円安と対にしていわれている株高もまた格差を拡大させます。
──円安は、日本の労働者の立場から言えば、決して歓迎できるものではありません。それにもかかわらず、日本では、円安を阻止しようとする政治勢力が存在しないのです。これは日本の政治の悲劇だと言わざるをえません。──
円安・株高をもたらせた異次元金融緩和政策は間違っています。「消費者物価を引き上げ、実質賃金を下落させることによって実質消費を抑制」させてしまったのです。にもかかわらず日銀も政府の誤りを正そうとはせず「言い訳」に終始しています。これでは格差拡大を追認していることにしかなりません。
政府の経済政策(アベノミクス)の誤謬はこれだけではありません。日銀による国債の大量購入も大きな問題をはらんでいます。
──金融機関が保有する国債には、膨大な評価損が発生するでしょう。日銀は異次元金融緩和によって巨額の国債を購入し保有していますが、ここでも巨額の損失が発生します。それは、日銀納付金の減少を通じて、国民負担になります。──
この日銀の国債引き受けは、財政ファイナンスへの道を日本が歩み始めていると考えられます。財政ファイナンスとは国(政府)の発行した国債等を中央銀行が直接引き受けることをいいます。この財政ファイナンスは通貨の増発をもたらし、それが悪性のインフレを引き起こすことになります。これは極めて危険な方向です。
──「日銀が国債を買い上げたので、日本の財政赤字の問題は解決された」と言われることがあるのですが、とんでもないことです。問題は「隠された」だけなのです。──
野口さんは有効求人倍率の上昇や少子化対策ついても間違った観念で語られていると指摘しています。前者は有効求職者の減少によるものと考えるべきであるとし、後者では「いま出生率を引き上げれば」子育て等で一時的には労働力がとられてしまいかえって「生産年齢人口の負担はかえって増え」、生産性を減少させることになり、「問題を深刻化させる」という厳しい認識が示されています。総人口の減少だけでなく、年齢構成の変化等を考慮に入れない対策は経済の悪化、労働環境の悪化(非正規雇用の増大等)をもたらすことになるからです。
野口さんがいうように根本のことを見据えず、目先のことで立案しているのがアベノミクスというものの実態です。いわゆる「官製春闘」の間違い、「社会保障制度」の組み立ての間違い、「労働人口の減少にもかかわらずその対策が不備であること」など、データに基づく野口さんの政策批判にはうなずくところが多いと思います。
この本は日本経済入門というものだけでなく現在の日本経済が直面している問題を詳細に突き詰め、その解決策を提案したものです。データに語らせ、それに基づく論旨を読むと、目からウロコが落ちる思いがしました。じっくりと何度も読み返して欲しい1冊です。ぜひ熟読玩味してください。
ところで異次元金融緩和政策がもたらせたといわれている「円安」もデータによると必ずしも、その政策が効を奏したからというわけではないようです。
──円安は、日本の金融緩和政策の結果として生じたものではなく、ユーロ危機の沈静化による国際的な投資資金の流れの変化(その中には投機的なものも多く含まれていたと考えられます)によってもたらされたものです。──
イギリスのEU離脱によって円高がくるとも予想されています。
ところで為替レートに一喜一憂している日本経済(政府政策)に厳しい一言が記されています。
「そもそも、日本経済が為替レートによって大きく振り回させること自体が大きな問題です」
野口さんが予告している『世界経済入門』の刊行が楽しみになりました。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。
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