恐怖映画の主役を張ったり、戦隊ヒーローに取り入れられたりと、サメは数十年前から私たちにとって身近な存在であり、恐竜やライオンなどと共に「強い生物」としてその地位を築いてきました。
海面を滑るように進むあの背びれの図に代表される、サメ=恐ろしいというイメージが一般的だと思いますが、一方でジンベエザメのように、恐怖とは違う角度で人気を獲得したサメもいます。
近年はちょっとしたサメブームも起こり、あらためてその存在が注目されるなかで刊行されたのが本書です。
冨田武照氏と佐藤圭一氏による共著なのですが、冨田氏はサメの解剖学と形態進化学、佐藤氏は繁殖学が専門分野。ふたりの得意分野を生かした内容となっており、多様なビジュアルをデザインや機能面で掘り下げたり、あるいは謎の多い繁殖の仕組みを紐解いたりと、アカデミックな知識からつい誰かに言いたくなるような雑学まで、今まで知らなかったサメに関する様々な情報を知ることができます。
本書を読んであらためて感心したのが、サメの歯の多様性です。豊富なデザインがあり、またそのシステムもユニーク。
機能としてはナイフ型とフォーク型の2つに分かれていて、フォーク型から派生してナイフ型が進化。この2種類の歯について、特にナイフ型のメリットを解説した記述も。
フォーク型の歯の持ち主は、基本的に口に入る大きさの餌しか食べることができない。一方、ナイフ型の歯を持つサメは、小さく食いちぎることで口に入らない大きいサイズの餌も食べることができる。
まさに、改良が分かりやすく示された進化と言えそうです。
一方で、ナイフ型になって切れ味を獲得した代償として、耐久性を失ったという側面もあります。でもご安心を。サメの歯は生涯抜け替わるという大きな特徴があるのです。歯がなくなってもまた新しい歯が生えてくるため、なんら問題ありません。サメの種類によっては、なんと2日に1本抜けるケースも。毎日必死に歯を磨いて、8020運動(80歳になっても20以上自分の歯を保つ)を提唱する人類にとっては、なんとも羨ましい話です。
本書の第1章では「食べる」「泳ぐ」「拍動する」「呼吸する」「感じる」「光る」というサメの体の機能ごとに解説しているのですが、「感じる」という部分で紹介されているひとつが、「第六感」です。と言っても、いわゆる「勘」的なものではなく、その正体は電気を感じる力。ロレンチーニ器官と呼ばれる、サメの頭部の皮膚にある無数の穴。当初は謎とされていたこの穴が、長年の研究と科学の発展により電気に対する高い感受性を持つことがわかったのです。
ロレンチーニ器官に電圧をかけ、神経が興奮する最小の値を調べた。結果は驚くべきものだ。細胞から1センチメートル離れた場所にわずか0.000001Vの電圧をかけた場合でも神経は興奮したのだ。これは、単純計算で、サメから15キロメートル離れた場所に乾電池1つ分の電圧をかけたとしても、サメはそれに気づくことができることを意味する。
生物は、筋肉を動かしたり神経伝達したりする際に電気を使い、その結果周囲に電場を発生させています。その電場をサメのセンサーがキャッチすることで、生物の場所を特定。そうして餌となるターゲットを捕捉している可能性があるのです。これほどのサーチスキルを有するサメから逃げるのは至難の業でしょう。某逃走系バラエティにハンター役で登場したら、ひとたまりもありませんね……!
餌の少ない深海に生息するタイプのサメにとっては、エネルギー消費を極力抑えつつ、貴重な餌を効率よく捕えることが生存戦略の肝。そんな、泳ぐスピードも遅く、成長曲線も緩やかなスローライフ代表と言えそうなのが、北大西洋の北極域に住むニシオンデンザメです。2016年に発表された研究論文によると、調査した最大個体の推定年齢はなんと392±120年! 本書でも「この記録が確かならば」と前置きしたうえで、以下のように記述しています。
本種は脊椎動物のうち最も長寿で、戦国時代に生まれた個体が現存する可能性があることを意味している。
ちなみに他のサメでは、オオメジロザメの寿命はメスで33.5年、オスで29.75年と推定されているとのこと。ニシオンデンザメがどれほど長寿かがわかります。本能寺の変や明治維新など地上が激動だった時代に、深海でゆーっくり泳いでいたニシオンデンザメが今も同じ海でスローライフしていたら……。『戦国時代の生き証人 深海でスローライフをおくる』、アニメ化待ったなし。種の存続どころか、本人(本魚?)が生きているんですから、これはもうロマンしかないです。
この他にも、表紙を飾っている、まるで口から口が飛び出る映画『エイリアン』のような造形が印象的なミツクリザメの顎の謎や、スーパープレデター(超捕食動物)と呼ばれる、私たちがイメージする「強いサメ」の系譜を辿る解説など、好奇心をくすぐるサメの様々な研究やエピソードが掲載されています。
本書は、研究され尽くされたことの「答え」を読むというより、その歴史をたどりながら、今なお二転三転しながら現在進行形で進む調査の過程や、まったく未知なるものとして研究対象となっている事柄に触れられることが大きな魅力。研究者たちがワクワクしながら探究する謎多き生物・サメ。奇跡と神秘に溢れるその生態や進化にドキドキして、その中で明らかになる明確な根拠に納得させられる、心にも頭にも刺激的な1冊です。
レビュアー
ほしのん
中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。
X(旧twitter):@hoshino2009