ルルドの泉に「ルルドサブレ」は置いてなさそう
海外にもおみやげはたくさんあるが、日本とは何かがちょっと違う。とくに西洋のおみやげには次のような特徴がある。
自分へのメモリアルとしての要素が色濃い。「ルルドサブレ」や「ベルナデッタ(ルルドで聖母マリアを「発見」した少女)クッキー」の類いの名物菓子も、筆者が見聞きした範囲では見つけることはできなかった(中略)。日本の名物菓子がその土地の特性を売りにしているとするなら、西洋諸国で売っているチョコレートやクッキーは、土地柄や地域性よりも、近代文明としての普遍性を強調する傾向にある
『おみやげと鉄道 「名物」が語る日本近代史』は、日本のおみやげ文化の特異さとその足取りを、近代日本の発展と重ねて描き出す。むちゃくちゃ面白い。そして全国津々浦々の名物おみやげたちがピックアップされるので、1冊まるまる巨大おみやげ博覧会のような本でもある。きっと、あなたとゆかりのあるおみやげとも出合えるはずだ(私は鳩サブレーと坊っちゃん団子!)。
著者で歴史学博士の鈴木勇一郎先生は、本書について「歴史の研究として見た場合、かなり異端」という。そしておみやげの歴史の「史料」の乏しさの背景を、
とくに史料の問題は大きく、名産品の製造販売はたいてい個人営業や小規模な業者に依っており、鉄道などのような許認可産業ではないため、史料となる記録が非常に残りにくいのである。
日本のおみやげはなぜお菓子が多い?
神仏に捧げられたものに対して、人は神酒などを授かる。神前で酒食を共にすることで、神と人は神人共食、つまり「直会(なおらい)」を果たす。そして人びとには「おかげ」があったとされる。その「おかげ」を帰宅してから家族や構員に報告するための証拠の品として、酒盃などが持ち帰られた。これが、みやげの原初的な形態であった。また、神に供えた供物、つまり神饌を下げて、神と人が酒食を共にする直会食という行為自体にも、神のおかげを分配する機能があった。
そして証拠の品としての「おかげ」なんて、まさに「週末に城崎温泉に行ってきたんです」と一言添えられながら手渡される旅の証のお菓子じゃないか。では西洋に「おかげ」はあるのか?
一方、西洋諸国においては、日本的な意味での「ご利益のある」教会などというものは、基本的には存在しない。(中略)少なくとも、日本のように駅や電車の車内に神社仏閣参拝の広告が大々的にある、という状況はみられない。
さて、日本のおみやげの起源の次は進化だ。なぜ現代では酒盃ではなく個装のお饅頭が配られるのか。
近世のおみやげは、腐らず、かさばらないものが好まれていた。交通機関が整備されていない当時は、食べ物や重くてかさばるものをおみやげとするのは非現実的なことだったのだ。
こうした状況を革命的に変えたのが、鉄道の登場である。
きびだんごと日清戦争、そして「ひよ子」はどこの子?
どの名物おみやげたちも、どこかのタイミングで必ず飛躍している。そしてその飛躍のポイントは当時の社会と結びついている。この本のおもしろさはそこにある。
たとえば岡山の吉備団子。お猿はこれが食べたくて鬼退治に参加したのか……と思いきや、JR岡山駅に並ぶ吉備団子と、桃太郎が腰につけていた団子には、実は関係がないのだという。
いまに続く吉備団子の出現はそう古いものではなく、せいぜい幕末までしかさかのぼることができないようだ。(中略)さて、この吉備団子が全国的知名度を得るようになったきっかけは何であったか。それは山陽鉄道が、日清戦争のための輸送を担ったことが大きく関係している。(中略)日清戦争という初の対外戦争は、「国民」形成の契機であった。そして、戦争とそのための動員に伴って生じた人々の移動が「おみやげ」を生み出した。戦地から帰還してきた将兵が、郷里へのおみやげとして買い求めたことが、全国的な知名を獲得する大きな契機となった。(中略)吉備団子は、兵士たちの多くが通過する岡山駅という地の利と、鬼を成敗した桃太郎というイメージ戦略とが複合することで、急成長した名物であった。
ここで注目するべきは、吉野堂が、ひよ子が飯塚や福岡県の名物というだけにとどまることを、よしとしなかった点である。東京オリンピックが開催された昭和三十九年、ひよ子は東京に進出する。当時、すでに筑豊地区の炭鉱が衰退を始めていたことが、その背景としてあったという。そして現在、東京地区での売り上げが福岡地区の数字を上回るようになって久しい。
さらに本書は近年のおみやげについても言及する。例えば、かつて日本で主流だった団体旅行は今ではすっかり姿を消して、かわりに個人旅行がメインだ。それでもおみやげ売り場では今もなお「日本的おみやげ」が主力商品であるのはなぜか。どこを読んでも飽きない。
近代史とともに「旅のおかげ」を分け合う日本の文化そのものに触れられる本だ。コロナ禍を経て、旅行に出かける喜びを改めて実感している私たちにぴったりの1冊として強くおすすめする。