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2024.08.26

レビュー

乗り鉄、撮り鉄、駅鉄……鉄道ファン必読! 歴史から技術、運用まで徹底解説

子どもの頃は「鉄道博士」を自負していたような人でも、多くの場合、車両や路線図、あるいは駅の景観といった限定的トピックに興味が収斂されていくのではないだろうか。いま改めて、鉄道のすべてについて知りたい――そんなことを考えている人にはぴったりの入門書的1冊である。

本書では、交通技術ライターである著者が、車両から運用に至るまでの鉄道全般についての基礎知識を、科学的メカニズムとして解説していく。なお、『鉄道の科学』と題した本がブルーバックスで刊行されるのは、これが史上3度目だそうだ。

鉄道工学は、鉄道技術を扱う学問分野で、「総合的な工学」とも呼ばれます。なぜならば、鉄道を構成する施設や車両、電力と言った要素が、多くの学問分野と関係あるからです。

この著者の言葉に、本書で語られている内容が集約されていると言ってもいい。それをさらにわかりやすく伝えてくれるのが、下記の図版である。まさしく鉄道を学ぶことは「すべての学問に通ず」と言っても過言ではないのだ。

ほかにもさまざまな写真や図解がふんだんに掲載されており、読者の理解を助けてくれる。同時に、鉄道好きの目にも楽しい。



各章には「鉄道の基礎」「車両のメカニズム」「線路のメカニズム」「運用のメカニズム」といったタイトルがつけられ、我々が日常的に利用している鉄道がいかにして作られ、いかにして運用されているのかが紐解かれていく。なかには初めて目にするような単語も出てくる。たとえば「車両限界」とは何か?

「車両限界」とは、鉄道における規格(寸法などについて定めた標準)の一つで、電車などの車両の断面が外側に越えてはならない限界範囲を指します。このため、車両は、すべての部品が車両限界の内側に収まるように設計されています。
なお、線路にある構造物には「建築限界」と呼ばれる限界範囲があり、橋りょうやトンネルなどは、断面がこの内側に入らないように設計されています。
つまり、車両限界と建築限界は、車両が線路の構造物と接触せずに安全に走るために定められた、断面に関する決まりなのです。

電車が駅に到着するとき、あんなわずかな隙間しか車両とホームの間に存在しない状態をどう実現できたのだろう?と思ったことはないだろうか。あるいは、路線によっては15両編成もの長さでかなりのスピードで走ったり、急カーブを曲がるときなどに車輪はどうなっているのか?とか、そういった「普段は当たり前だと思っていること」への疑問に気付けるのも本書の魅力である。

また、あくまで基礎知識レベルの内容を広い範囲で紹介していく本なので、もう少し細かい知識が欲しい部分も出てくるだろう。もしそうなったときには別の文献にあたり、さらに奥深い鉄道の世界への冒険に繰り出してみてもいい。たとえば、ブレーキに関するくだりでは、著者自身が「冒険」を示唆する箇所も出てくる。

車両のブレーキは奥が深いです。ここでは簡潔に説明しましたが、鉄道の運転士がブレーキについて学ぶことは多く、とても1冊の新書にまとめることはできません。運転士の養成のため、ブレーキだけで1冊のテキストを用意している鉄道会社もあるほどです。

そう、鉄道には線路があるので、ハンドルがない。スピード制御を要とする鉄道の運転において、特に重要なのがブレーキワークなのだ。そこにもやはり、ハッとするような気付きがある。

また、線路のメンテナンスに関しても「どれだけハイテク化が進んでも、やはり人間の力に頼らざるを得ない部分が大きい」という事実を思い知らされる。

線路のメンテナンスは、ざっくり言うと「検査」→「計画」→「修繕」の順で進められています。まず「検査」で異常がある箇所を見つけ出し、「計画」で段取りを決め、「修繕」で現地に向かい設備を直します。なお、線路のうち、軌道のメンテナンスを「保線」と呼びます。
このような作業では、多くの人手・時間・コストを必要とします。たとえば「検査」では、複数の作業員が定期的に線路を巡回し、目視や打音検査(ハンマーで叩いたときの音で判定する検査)や電気検査などの各種検査で設備の異常を見つけています。「修繕」においても、人力に頼る作業が多く存在します。

点検や整備は、車両から線路、運用のためのメカニズムに至るまで、鉄道には欠かせない作業である。それが近年、「TBM(時間基準保全:Time Based Maintenance)からCBM(状態基準保全:Condition Based Maintenance)への転換を図る」ことで、コスト削減を実現させようとしているという現在の風潮も語られる。詳しい解説は本書を読んでほしいが、鉄道業界に日々訪れている「進化」を実感させる内容だ。

本書後半では、「新幹線と高速鉄道」「街を走る都市鉄道」「山を越える山岳鉄道」という、まったく個性の異なる鉄道が紹介される。それぞれが背負った役割と、独自の進化を見るにつけ、世界にはさまざまなタイプの鉄道が存在すること、それぞれが人々の暮らしに密着してきたことを改めて認識させられる。

高速運転を実現したがゆえに付随した、新幹線の騒音問題解決の歴史なども、なかなか読ませる。また、リニアモーターカー開発の最新事情や、都市計画と連動した路面電車(LRT=Light Rail Transit)の全世界的復権といった現在進行形のトピックも取り上げられ、実に興味深い。

地下鉄の発展の歴史も、国や地域によって異なる個性を獲得していったところが面白い。昔の映画の話だが、『ある戦慄』(1967年)という作品を観たとき、ニューヨークの地下鉄って日曜の深夜にも動いているんだ、と驚いたことを思い出した。パリの地下鉄がタイヤ式だというのも、初めて知った。

ニューヨークで最初の地下鉄が開業したのは1904年で、後述するロンドンとくらべると、地下鉄の導入で出遅れました。その代わり、地下鉄の大部分を複々線にして、日中に4本の線路のうち2本ずつを急行線と緩行線(各駅停車)として使い、深夜に2本を緩行線として使い、残り2本をメンテナンスすることを可能にしました。これによって、24時間運行する地下鉄を世界で最初に実現しました。

最終章「進化する鉄道」では、今まさに鉄道業界が直面している課題、その取り組みについて語られる。

それでは、現在の鉄道には何が求められているのでしょうか。もちろん、それは多岐にわたりますが、おもなものとしては、次の3つが挙げられます。

(1)環境対策
(2)モビリティ革命への対応
(3)人口減少への対応

このうち(1)(2)は、世界の国々に共通することです。いっぽう(3)は今後人口減少が急速に進む日本でとくに求められていることです。

上記の書き出しで興味を抱いた人には、ぜひこの先も読んでほしい。そして、この本の読者から、いままさに人手不足にあえぐ鉄道業界に自分が乗り込んでみようと思う人が出てきても、まったくおかしくないのではないだろうか。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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