かつて世界における日本食といえばスシ、テンプラ、スキヤキなどが有名でした。そして今では、日本のラーメンがアメリカで行列を生み、海外セレブが来日時にトンカツを熱望するなど、「日本の食」はさらなる発展を遂げています。
では、そもそも日本食とは一体なんなのでしょうか。パッと思い浮かぶのは白米と味噌汁に焼き魚や煮物など。しかし一つひとつの食材を見ていくと、白米すなわち稲作は朝鮮半島からの伝来ですし、煮物の具材も海外由来のものが多く含まれます。
本書では、そんな日本料理の成り立ちから現在に至るまでの歴史について、旧石器時代から遡り、その食生活の変化を当時の社会などと照らし合わせながら、多くの研究資料を紐解きつつ解説。食材はもちろん、調理道具や食器の発展がもたらした変化についても言及しています。
米至上主義
本書の序盤で、今の日本の米を主体とした食生活について、弥生文化が受けた中国大陸や朝鮮半島からの影響、つまり水田稲作やそれに伴う技術や道具を抜きには語れないと記しているのですが、
その後の歴史展開のなかで、日本社会は異様に米に執着していくことになる。
という一文が強烈。国のトップである天皇が稲作の祭祀権を握る最高の司祭者であり、米文化の象徴でもあったとし(現代でも天皇が新穀を供え、食する行事として新嘗祭が行われています)、国家が米を重要視していたことを解説しています。
古代国家は、米に至上の価値をおいて、その生産を奨励し、それを租税として徴収することで、米を中心とした社会構造の構築をめざし、そのための国家政策を着実に遂行していったのである。
そして肉は禁忌の食べ物に
米の価値が高まる一方で、こんな展開も。
さらに古代国家は、米の安定的な収穫を図るため、もう一つの栄養価の高い食物である肉の排除を試みた。
そして天武天皇時代の675年には、生類憐れみの令ならぬ、肉食禁止令が発布されたのです。農耕に必要なウシとウマ、生活に必要なイヌとニワトリなどが禁止対象となっており、4月~9月という水田稲作期と重なる期間に限定されていました。
もともとは宗教的な理由ではなく、実務的な観点から肉食が禁止されたわけですが、やがて天皇が祭祀を司る聖なる米との対比で、米生産の障害となりうる穢れた肉、という価値観が浮上。
古代以来の米を聖なる食べ物とし、肉を穢れたものと見なす風潮は、中世を通じて社会的に浸透し、近世に肉食に対する禁忌は達した。
その結果、肉の代わりとなる動物性タンパク質として魚の需要が高まり、わかりやすい日本食のイメージとなる「米+野菜+魚」というパターンが定着したのだそう。
日本の夜明け、肉食解禁ぜよ
この、肉食=禁忌の流れは、明治維新直後まで続きます。新しい時代を迎え、外交政策として肉主体の西洋料理を取り入れる必要性が出てきた際、天武天皇が定めた肉食禁止令を廃止すべく、明治4年には天皇肉食再開宣言が行われました。天皇の名の下で肉食を禁止してから1200年! 長かった……。
時代ごとの食文化の変遷を検証・解説していく本書ですが、米至上主義に伴う肉食の禁止、そして解禁といった、大きな転換点を学べたのは思わぬ発見でした。余談ですが、個人的に料理とは「白米を美味しく食べるためのもの」と考えているので笑、少し意味合いは異なりますが古代国家から続く「米至上主義」は、自分の中にある日本人のDNAを感じさせてくれました。
和風アレンジの和洋折衷料理
大正期の三大洋食、カレー・トンカツ・コロッケを取り上げた箇所では、海外の料理が日本風にアレンジされていく歴史が記載されています。たとえばカレーなら
明治初期から料理法が紹介されているが、当初のものは、ネギにリンゴとショウガ・ニンニクなどをバターで炒め、エビやカエルを入れて煮たところに、カレー粉と少量の小麦粉を加えたものだった。
カ、カエル……。リンゴは某有名カレールーにも入ってますが、私の知っているカレーとはだいぶ異なります。具に肉・タマネギ・ニンジン・ジャガイモが入ったおなじみのカレーになるのは、大正四年以降なんだそう。こうした変化なども踏まえつつ、これら三大洋食について筆者はこう述べています。
明治の開花以降、全く新しい味覚体系であった西洋料理を、日本料理のうちに吸収しようとした和洋折衷料理の成果であった。このうちカレーにカツオ出汁を用いたり、トンカツにしてもカツ丼という日本的調味料を用いた日本風の料理に仕立て上げられたりした。こうして洋食自体が、徐々に和風化を遂げ、しだいに和食の範疇に属するものとなっていく。
ここまで紹介した解説以外にも、カツオやコンブが食用からダシ利用へと変化する過程や中世における精進料理や懐石料理などの成立、江戸時代での料理屋や料理本を含む料理文化の広がり(当時すでにグルメガイドや料理教室もあったのだとか)、大正~昭和期の中国料理の展開など、図や写真なども交えつつ様々なポイントから日本料理の歴史を紹介。これらの変遷にはその時々における政治や外国との交易、人材交流などの影響があることも忘れてはなりません。
本書は、日本料理が紛れもなく日本文化の一部であり、異文化との交流の上に成立したことに気付かされると著者が語るように、日本の歴史や文化と併せて日本料理の奥深さを知ることができる歴史本として、実に読み応えのある貴重な一冊です!
レビュアー
中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。
X(旧twitter):@hoshino2009