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2025.02.14

レビュー

ユーラシア大陸の心臓部がモンゴル高原──世界を動かした遊牧王朝の興亡史

万里の長城は遊牧民族が築いた

万里の長城は人類最大の建築物です。その長大さは想像を絶し、地上からは全貌を把握することができません。全体像が確認できるのは月に行ったときだそうです。

それほど長大なものがなぜ築かれたのか。答えは英語Great Wallが示してくれています。あれは壁、防壁なのです。北方から中原(中国大陸)への遊牧民族の侵入を防ぐために築かれました。ただし、単に国境に建てればよいというものではありません。四方を海に囲まれた日本では実感しにくいですが、大陸の国境はしょっちゅう変わります。当然のこと防衛拠点も変わるわけですから、長城は長きにわたり補修・改築・増築が続けられました。

最初の長城がいつ築かれたかは諸説ありますが、それをひとつにつなげて現在に近い形にしたのは秦の始皇帝です。始皇帝が亡くなったのは紀元前210年のことですから、そこから数えてもゆうに2000年以上の月日が経過していることになります。
驚くべきは、古代中国の高い技術力ばかりではないでしょう。かの国が長い歴史を通じ、北方遊牧民族は恐れられてきました。長城はそのモニュメントでもあるのです。

遊牧民族の新しいすがた

にもかかわらず、北方遊牧民族の歴史は、正しく伝えられてきたとは言えません。
匈奴を語るさい、かならずといってよいほど引用される一節がある。
「馬、牛、羊を飼い、酪肉を常食とし、定住せずに穹廬
(きゅうろ)(ゲル)に住んで水と草を求めて移動し、都市をもたず、農耕をおこなわない」
この司馬遷の『史記』匈奴伝の記述は、二〇〇〇年という長きにわたって読み継がれ、遊牧と農耕が相容れない関係にあるような印象を人々に与えてきた。
匈奴は、本書にも言及のある中島敦の傑作『李陵』にも書かれた、わが国にとってたいへん近しい存在です。しかし、漢籍に該博な知識をもつ中島敦もまた、匈奴に関しては真実のすがたを描き得ませんでした。
本書でもたびたび語られていますが、北方の民の生活は文献史料がとても少なくなっています。彼らの多くが文字で歴史を記録することに重きを置いていなかったためです。

ロシアも中国もヨーロッパもその版図とし、ユーラシア大陸に空前絶後の大帝国を打ち立てたモンゴル部族も、長く文字を持っていなかったといわれています。その祖とされる蒼き狼チンギス・カン(ハーン)が世に出たころ、日本ではすでに漢字からかなが生み出され、源氏物語や枕草子がこまやかな感性を表現していました。こうした文化は、モンゴル高原にはほとんど育たなかったのです。

これを「遅れている」と評するのは当たりません。事実、当時のモンゴル帝国(イェケ・モンゴル・ウルス)は武装・戦略・軍事的統率力において世界最高だったのです。どの国より先進的だったと断じていいでしょう。

文字を追いかける従来の手法では、紀元前の司馬遷の認識から離れることはできません。そこで本書は、さまざまな方法を応用することにより、まったく新しい北方民族のすがたを描き出しています。
たとえば、遺跡を丹念に調査することで、匈奴が司馬遷の言うように「酪肉を常食として」いたのではないことがわかりました。彼らは牧畜をしながら、農耕もおこなっていたのです。
さらに、ゲノム解析によって、紅毛碧眼、すなわち赤い髪と青い瞳をもつ西洋人のようなルックスの人がまじっていたことがわかっています。いずれも、『史記』にはなかったことです。

政治の世界ではよくタテ割り行政の批判を聞きますが、学問の世界はより深刻です。○学部と×学部が協力することは、基本的にありません。
しかし、本書では歴史学以外の調査による知見が多く記述されています。遊牧民族という、世界帝国を築くほど強かったけれども、文字に重きを置かなかった人々の生活に光をあてるためには、従来の歴史学の方法ではうまくいきません。それとは異なるアプローチ――科学やフィールドワーク、考古学の方法――を駆使する必要があります。現代ならではの方法と言いかえてもいいでしょう。それらを利用することで、紀元前の司馬遷の認識をあらためることができるのです。まるで夜明けを見るように感動的な光景でした。

イノベーションは遊牧民から生まれる

近代、さらには現代の国家のなかに、遊牧王朝が育んだ制度や伝統は、さまざまな場面に継承されている。いまでは遊牧王朝は姿を消してしまったが、世界にはまだ多くの遊牧を主たるなりわいとする人々が暮らしている。モンゴル国にもおよそ四〇万人の遊牧民がいるとされる。総人口の一割強とわずかになってしまったが、五〇〇〇年のときを超えて、古来の伝統を守りながら、彼らは新たな歴史を刻み続けている。
遊牧の民を「遅れている」と感じる人は多いかもしれません。牧草を求めて移動する生活は、本書によれば紀元前数千年から存在します。いわゆる四大文明よりずっと古いのです(本書はこの記述にかなりの紙数をさいています。白眉のひとつです)。

しかし、変化がないわけではありません。いくつもの王朝が築かれ、勢力を広げ、文化を発展させてきました。そして、その変動は今なお続いています。

ロシアがウクライナに侵攻して数年たちますが、ウクライナ住民の通信環境は、決して悪くありません。こういうと不謹慎のそしりを受けるかもしれませんが、おそらく日本の平均的な通信環境よりずっと恵まれているでしょう。

ロシアの侵攻からほどなくして、大富豪イーロン・マスクが、ウクライナに通信環境を提供しました。その名はスターリンク。人工衛星を介した通信システムです。現代の戦争の常道はまず通信網を断ち切ることですが、スターリンクの導入がそこを補いました。

スターリンクの特徴は、従来の屋根などに設置するタイプのアンテナの他に、移動可能なタイプも提供していることです。自家用車にアンテナを積み込んで、高山などに出かける人も多くなっています。要は人工衛星から電波が届けばいいという話ですから、地球上のどこにいようとインターネット接続ができ、スマホが使えます。地球にいるかぎり、圏外が存在しないのです。近年はアンテナをカバンに入れて持ち運べるMINIという規格も登場しました。

このシステムの充実によって、遊牧民の生活は大きく変わるでしょう。たとえゴビ砂漠の真ん中にいようと、スターリンクさえあれば通信が可能です。地球の裏側の情報も瞬時に受け取れるようになります。

もちろん、いいことばかりではありません。衛星通信システムの一般化は、遊牧民にそれまでには存在しなかったようなトラブルをもたらすでしょう。しかし、後戻りはできません。

世界を変革するような新しいイノベーションが、遊牧民から生まれてくる。そんな日も遠くはないでしょう。著者は「モンゴル高原は人類の未来の可能性を秘めている」と語っていますが、誰もがそう思うようになる可能性は決して低くないと感じています。
酔狂ではありません。本書の読者なら知っているはずです。遊牧民が定住民よりはるかに気候(地球)の変化に敏感であることを。このことひとつをとっても、彼らは大きなアドバンテージを手にしているのです。

なお、本書の抜粋および著者へのインタビューは、以下のページで接することができます。

匈奴、鮮卑、突厥、ウイグル、モンゴル…。世界史を動かした遊牧王朝の待望の「通史」、ついに刊行!https://gendai.media/articles/-/144780?imp=0&utm

遊牧民が世界を動かした――でも、その歴史をどれほど理解できているでしょうか?https://gendai.media/articles/-/144783

モンゴル高原に紅毛碧眼の遊牧民もいた? 最新考古学で見えてきた「世界史の核心部」https://gendai.media/articles/-/144791?imp=0

レビュアー

草野真一

早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 何が便利で、何が怖いのか』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。

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