本書では、世界各国で発行されてきた、まさしく古今東西の切手について、その歴史から国家や政治との関わり方、デザイン、そして収集アイテムとしての面白さに至るまで様々な視点で解説しています。
切手爆誕
・イギリスとアイルランド内では1オンスあたり1ペニーの均一料金に
・距離による料金加算制度の廃止
・料金前納を示す「切手」が印刷された封筒の販売
・私製封筒利用者向けに、消印を押すための小さな紙片を作成し、裏に糊を引いて手紙に貼れるようにする
この提言が、高い郵便料金に悩まされていた人々の歓迎を受け、さらには議会の支持をえて法律として施行されることになりました。これが1839年のこと。現代まで続く切手の基本はまさにこのときに誕生したわけです。イングランド中西部の町に生まれた一教師の行動が全世界のスタンダードを作ってしまうという、ひとつのロマンを感じてしまう出来事ですね。
ちなみに本書には日本史の授業にも登場する、日本郵便の父・前島密(まえじまひそか)についても言及しています。英語で「Postage Stamps」と言われたことばに「切手」という和訳を採用したのは、この前島密。そしてこの前島も、ローランド・ヒルと同じく、帳簿を調べたら飛脚代がめちゃくちゃ高いことに気づいたことがきっかけで、新しい郵便制度を導入することにしたのです。
無駄を削ることで新たな発明が生まれる好例かもしれません。
切手と政治は切り離せない
切手の発行権は原則として国家だけ、という点からも、切手には(すべてではないにせよ)何かしら国からのメッセージが込められているのだそう。「ペニー・ブラック」のデザインは英国ビクトリア女王の肖像画なのですが、これも英国王室の権威を誇示するためと著者は述べています。
他にも歴史上において、様々なプロパガンダ切手は発行されていて、たとえばソ連について著者は「切手を積極的、計画的に国家のプロパガンダの道具として考えるようになった最初の国」と記述。国威発揚的なもの、あるいは社会主義の教育や思想の輸出など、政治・経済・文化・歴史とあらゆるジャンルの切手が発行され、中でも宇宙飛行にまつわる絵柄が多々、見られました。
同様に、第二次世界大戦終戦時、ソ連軍がドイツ占領地を解放した際、それまで使っていたヒットラー切手に抹殺印を押印して使用したという事実にも驚かされました。本書にはその貴重な抹殺切手も掲載されています。
オタクが運営側に⁉ ルーズベルト大統領も切手コレクター
ただ、単なる収集家で終わらないのが彼のすごいところ。当時のアメリカの陳腐な切手発行政策にメスを入れ、世界の郵政当局に大きな刺激を与えたという国立公園切手の発行に始まり、文学・詩・教育・科学・作曲・絵画・発明の7分野において計35名の知的代表を切手に抜擢。さらには切手国旗シリーズの発行など、次々と新企画を発案し、そのデザインにも関わっていたのだとか。
本書は、切手そのものの歴史やデザインの楽しさはもちろん、国家と政治、戦争など世界史的視点や、インフレ・デフレなど経済との関わり、また偽造防止やそのデザイン性など切手が印刷技術の結晶であることにも触れており、文化や産業も含め、多角的に解説しています。
まさに、「切手を通じて世界を知る」という、知的好奇心を刺激してくれる一冊です。
切手写真:田辺龍太(切手の博物館 学芸員)所有
撮影:嶋田礼奈(講談社写真映像部)