今日のおすすめ

PICK UP

2024.12.17

レビュー

小さな芸術品から世界が見える!時代がわかる!! あなたの知らない切手の世界

離れた相手との連絡手段やコミュニケーションツールとして、今はメッセージアプリやSNS、メールなどインターネットを介したものが主流で、電話ですら時代遅れ感が出ている状況です。しかしかつては、郵便がその主役を担っていた時代がありました。そんな郵便物を送付する際に、その料金を支払った証明として使われる印紙が切手。最近、郵便料金の値上げが話題になりましたが、切手がコレクターアイテムとして人気というのは、おそらく多くの方がご存知でしょう。

本書では、世界各国で発行されてきた、まさしく古今東西の切手について、その歴史から国家や政治との関わり方、デザイン、そして収集アイテムとしての面白さに至るまで様々な視点で解説しています。

切手爆誕

世界最初の郵便切手は、1840年5月1日に英国のロンドンで誕生しました。この日に発売された黒い1ペニー切手は「ペニー・ブラック」と呼ばれており、世界最初の切手として収集家の間で今も高い人気を誇っています。
切手誕生以前、19世紀初頭の英国では、郵便料金が不当に高く設定されていました。当時、学校の先生だった、数学や統計学が得意なローランド・ヒルという人物が英国税制の研究をしたところ、郵便料金が馬鹿高いことに気づきました。そこで彼は以下の提言を行います。
・イギリスとアイルランド内では1オンスあたり1ペニーの均一料金に
・距離による料金加算制度の廃止
・料金前納を示す「切手」が印刷された封筒の販売
・私製封筒利用者向けに、消印を押すための小さな紙片を作成し、裏に糊を引いて手紙に貼れるようにする

この提言が、高い郵便料金に悩まされていた人々の歓迎を受け、さらには議会の支持をえて法律として施行されることになりました。これが1839年のこと。現代まで続く切手の基本はまさにこのときに誕生したわけです。イングランド中西部の町に生まれた一教師の行動が全世界のスタンダードを作ってしまうという、ひとつのロマンを感じてしまう出来事ですね。

ちなみに本書には日本史の授業にも登場する、日本郵便の父・前島密(まえじまひそか)についても言及しています。英語で「Postage Stamps」と言われたことばに「切手」という和訳を採用したのは、この前島密。そしてこの前島も、ローランド・ヒルと同じく、帳簿を調べたら飛脚代がめちゃくちゃ高いことに気づいたことがきっかけで、新しい郵便制度を導入することにしたのです。
無駄を削ることで新たな発明が生まれる好例かもしれません。

切手と政治は切り離せない

普段意識することはなかったのですが、本書に書かれた「切手は国家のプロパガンダ」の項目を読んで、認識を改めさせられました。
切手の発行権は原則として国家だけ、という点からも、切手には(すべてではないにせよ)何かしら国からのメッセージが込められているのだそう。「ペニー・ブラック」のデザインは英国ビクトリア女王の肖像画なのですが、これも英国王室の権威を誇示するためと著者は述べています。

他にも歴史上において、様々なプロパガンダ切手は発行されていて、たとえばソ連について著者は切手を積極的、計画的に国家のプロパガンダの道具として考えるようになった最初の国と記述。国威発揚的なもの、あるいは社会主義の教育や思想の輸出など、政治・経済・文化・歴史とあらゆるジャンルの切手が発行され、中でも宇宙飛行にまつわる絵柄が多々、見られました。
また、1952年に起こったエジプト革命では、それまで使用されていたファルーク王の肖像切手に、黒く太い3本の線が印刷され、国王の顔が隠されてしまうという事態に。従来の国王肖像切手は使用禁止にして処分すればいいのでは……とも思いますが、あえて太い線で顔を消すことに、発行者の意図を感じずにはいられません。

同様に、第二次世界大戦終戦時、ソ連軍がドイツ占領地を解放した際、それまで使っていたヒットラー切手に抹殺印を押印して使用したという事実にも驚かされました。本書にはその貴重な抹殺切手も掲載されています。

オタクが運営側に⁉ ルーズベルト大統領も切手コレクター

本書には、歴史や政治、戦争との関わりだけでなく、カルチャーとしての切手の魅力を紹介するパートもあります。なかでも個人的に興味津々だったのが、「コレクター列伝」の章。世界の名だたる切手収集家を稀有なエピソードとともに紹介しているのですが、特に第32代アメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトがユニーク。大恐慌時代や第二次世界大戦など激動の時代に大統領職を務めたわけですが、そんな激務の中で切手アルバムを見ることが無上の楽しみだったルーズベルト。彼の死後、オークションに出された切手コレクションは、総計25万ドル(当時・約9000万円)にもなったほどです。

ただ、単なる収集家で終わらないのが彼のすごいところ。当時のアメリカの陳腐な切手発行政策にメスを入れ、世界の郵政当局に大きな刺激を与えたという国立公園切手の発行に始まり、文学・詩・教育・科学・作曲・絵画・発明の7分野において計35名の知的代表を切手に抜擢。さらには切手国旗シリーズの発行など、次々と新企画を発案し、そのデザインにも関わっていたのだとか。
特にオタクのこだわりを感じるのが、統一様式で新たに発行した1ドルから25セントまでの切手において、その額面と歴代大統領の代数を一致させたデザインにしたという点です。この美しいフォーマットは、好事家ならではの趣向。オタクが運営に入って成功を収めたパターンと言えそうです。

本書は、切手そのものの歴史やデザインの楽しさはもちろん、国家と政治、戦争など世界史的視点や、インフレ・デフレなど経済との関わり、また偽造防止やそのデザイン性など切手が印刷技術の結晶であることにも触れており、文化や産業も含め、多角的に解説しています。
まさに、「切手を通じて世界を知る」という、知的好奇心を刺激してくれる一冊です。

切手写真:田辺龍太(切手の博物館 学芸員)所有
撮影:嶋田礼奈(講談社写真映像部)

切手の歴史

著 : 岡田 芳朗
解説 : 田辺 龍太

試し読みをする 詳細を見る

レビュアー

ほしのん

中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。

X(旧twitter):@hoshino2009

おすすめの記事

2022.08.09

レビュー

大英帝国の文化と歴史をつくったエリートたち。想像を絶する豪奢な生活の実態とは。

2023.12.04

レビュー

ゴシック・ホラーの金字塔『ドラキュラ』にヴィクトリア朝の闇を読み解く怪作!

2022.06.07

レビュー

豪華列車、廃線問題、スピード競争……鉄道誕生から200年の軌跡を描く全史

最新情報を受け取る