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2025.01.12

レビュー

NHK大河ドラマ「べらぼう」の主人公──江戸時代のヒットメーカー、蔦重の波乱の生涯!

“写楽”は知っているけれど、“蔦重”って誰?

NHK大河ドラマの楽しみ方のひとつとして「次に何が起こるか」を知っておくことを、個人的にはおすすめしている。大河ドラマは史実をベースにしたフィクションなので、その歴史をあらかじめ知っておくと、「あの人物をこの俳優が演じるのか!」とうなったり、セリフのちょっとしたニュアンスに「ははーん、そうきたか」なんて思える。

2025年のNHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』の主人公は、蔦屋重三郎(略して“蔦重”)だ。横浜流星さんが演じる。

江戸時代中期に出版社を興し、喜多川歌麿や葛飾北斎、東洲斎写楽、それから曲亭馬琴の「南総里見八犬伝」や十返舎一九の「東海道中膝栗毛」を世に送り出した……つまり「江戸の文化」を築いた人。

恥を忍んでここに打ち明けるが、私は蔦屋重三郎のことをよく知らなかった。にらみを利かせた顔と手をパッと開いたポーズの『三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛』を見れば一発で「あ、写楽の浮世絵だ」とわかるのに、蔦重については、中学の日本史で習った覚えがない(ひょっとしたら教えてもらっていたかも! だとしたら先生ごめんなさい!)。

つまり、歌麿や北斎や馬琴といった「クリエイター」のことは作品ともども知っていたが、彼らの才能を発掘して世に知らしめた「プロデューサー」については、めっぽう疎い。そう、プロデューサーが江戸時代にも確かに存在していた。そう思うとワクワクしてくる。

本稿で紹介する『蔦屋重三郎 江戸の出版プロデューサー』は、蔦屋重三郎の生涯と仕事、そして江戸の文化をわかりやすく紹介する軽妙な本だ。地名や人名、それから小学校高学年あたりで習う漢字にもふりがながついているので、世代を超えて楽しめる。

なにより著者の楠木誠一郎先生の語り口が軽快で楽しい。たとえるなら学校や塾で人気の先生による巧みな講義だ。おしゃべりに耳を傾けるような気分で心地よく読める。

たとえば「狂歌師『蔦絡丸(つたのからまる)を名乗る」という章では、まず「狂歌ってなに?」と題して狂歌がこんなふうに解説される。そうそう、狂歌って短歌とどこが違うんだっけ?
狂歌とは、短歌のふりをしながら諧謔(かいぎゃく)や滑稽味​​(こっけいみ)を……つまり、「お笑い短歌」と思えばいいです。
狂歌のサンプルを知りたい?

そうですね、こういうのはどうでしょう、江戸時代末期のものですが、聞いたことがある人も多いかもしれませんね。
「泰平の眠りをさます上喜撰
(じょうきせん)たつた四(し)はいで夜も寝られず」(中略)
狂歌は江戸時代以前から存在したジャンルでしたが、江戸時代の前期は上方(関西)で、のちに江戸で流行するようになりました。
流行といっても、狂歌を詠むのは文芸趣味のある武士、または暮らしにゆとりのある町人たちでした。江戸の庶民たちのほとんどには縁のない世界だったかもしれません。
見出しに「狂歌師」と書きましたが、狂歌だけで暮らしている人はいませんでした。みんな、本業のかたわら趣味として狂歌を楽しんでいたようです。
蔦重も“お笑い短歌”こと狂歌を詠んでいて、その活動から出版業につながる人脈が育まれたことを楠木先生は指摘する。なるほど人や業界とのつながりで仕事を生み出していく課程は現代のプロデューサーと同じだ。

ということで、初心者にもたいへんフレンドリーかつ愉快な蔦重入門書だ。『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』の公式サイトで人物相関図を眺める前に、本書の「吉原で生まれる」と「江戸時代の出版業界」の各章を取り急ぎ読んでいただきたい。ドラマ制作者の意図やおもしろさへの解像度がグッと上がる。

田沼時代と出版バブル

本書の前半から中盤では、吉原で育った蔦重がどのようにして出版業を興し、江戸のメディア王にかけのぼっていったかが、基礎知識とともに紹介される。

日本の歴史で、蔦重の名前が初めて確認されるのは1774年に出版された「吉原細見」というジャンルの本。
「吉原細見」というのは、どういう本だと思いますか?
およそ次のようなことが書かれていました。


・吉原のなかの見世(みせ)を並べた地図
・見世にいる女性たちの名前
・必要となる費用


つまり『吉原ガイドブック』『吉原の歩き方』のような、タウン情報を載せた本と思えばいいでしょう。(中略)
吉原細見さえ持っていれば、正門にあたる大門(おおもん)をくぐってから、きょろきょろしなくてすむというわけです。
だから当時の版元にとっては定番ともいうべき、ベストセラー商品でした。
その吉原細見の制作に関わったことから蔦重の出版人生が始まる。業界の重鎮にかわいがられ、優秀なクリエイターとの関係を築き、吉原育ちという自身のバックボーンやマーケティングの才能をいかして、蔦重は吉原のメディアで自身の存在感を高めていく。

そんな蔦重の勢いに拍車をかけたのが江戸幕府の田沼意次だ。田沼時代に起こったインフレとバブル景気によって、蔦重の出版業も波に乗りまくる。

しかし「バブル」というのはいつかはじけるもの。田沼政治と出版バブルは天変地異がきっかけで終わりを迎えてしまう。松平定信が幕府の舵取り役となってからは、出版への締め付けが始まる。

ただ、そこでシュンとおとなしくなるような蔦重ではない。政府を批判する本『文武二道万石通(ぶんぶにどうまんごくどおし)』を出版して、これがまあよく売れるのだ。
『文武二道万石通』が売れたことに気を良くした蔦重は、次なる企画を打ち出します。
それが寛政1年(1789)1月に出版した恋川春町(こいかわはるまち)の『鸚鵡返文武二道(おうむがえしぶんぶのふたみち)』(北尾政美画)です。
タイトルは、松平定信の著書『鸚鵡詞(おうむのことば)』に似せたもので、読者も『文武二道万石通』の続編と想像できたことでしょう。
松平定信をおちょくりまくっている。この『鸚鵡返文武二道』は前作以上の大ベストセラーとなり、店頭はパニック。1作目よりも2作目を大きく当てるプロデューサーは「本物」だと思う。

ちなみに『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺』では、田沼意次を渡辺謙さんが演じ、イケイケな田沼政治のあとで緊縮政策をまじめに実行した松平定信を寺田心さんが演じるのだという。最高の配役だ。

もちろん、政府の批判本でヒットを連発した風雲児を、そのまま放っておいてくれるような政府ではない。蔦重や関係者はきびしい弾圧を受けるが、それでもちっとも懲りないのだ。

次なるヒット作を虎視眈々(こしたんたん)と狙う蔦重が目をつけたのは「浮世絵」。喜多川歌麿や葛飾北斎がなぜ登場し、あのような作品を生み出し、売れっ子となっていったのかが解説される。非常に痛快だ。

「江戸の文化」と聞いて私たちが思い浮かべる作品のほとんどに蔦重が関わっていることがわかる。そして蔦重って波に乗りまくるイイ男だったんだろうなあ……という気にさせてくれる本だ。大河ドラマの入門書としても愉快で親しみやすいので、ぜひ手に取ってほしい。

レビュアー

花森リド

ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。

X(旧twitter):@LidoHanamori

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