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2024.11.18

レビュー

2025年大河ドラマ「べらぼう」の主人公、蔦谷重三郎。江戸芸術の演出者の奇才と人脈!

年末が近づいてきたことを知るきっかけは、クリスマスケーキや年賀状の予約案内だけに留まらない。たとえば終盤を迎えつつある大河ドラマの放送も、その一つだ。今年の舞台は平安時代、約1200年前に生きた作家と今に伝わる物語が主人公だった。そして来年も、本に関わる人物が主役を張る。そう、本書のタイトルにある「蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)」である。

彼は「版元」と呼ばれる商いをしていた。江戸時代に浮世絵版画を手がけていた業者を指す言葉だそうで、現在も出版業界内では使用されている。私も書店に勤めていた時は、出版社の人たちを「版元さん」と呼んでいた。
版元というのは、今日で言う出版社(者)を指しており、作品の企画・制作・販売を行なう書商である。版元の規模は大小さまざまだが、すべて個人企業であり、経営者の手腕がその企業の浮沈を直接左右している。その際、一流の地位を狙う版元に要求されるのは、有能な戯作者(げさくしゃ)や絵師を見いだす、あるいは彼らを自己の側に引きつける能力であった。
現在に置き換えれば、それは編集者と作家の関係だろう。異なるのは、作ることだけではなく読み手に届けるところまで、つまり流通(問屋)と販売(書店)の機能をも併せ持っていた点だろうか。なお現在の書店において、ジャンルにより本の売り場が分けられているように、江戸時代の版元も大きく二手に分かれていたという。
江戸の版元は享保年間(一七一六─三六)に、取り扱う本の種類によって、書物問屋と地本(じほん)問屋の二つに分けられた。書物問屋とは、普通「物(もの)の本」と称される堅い内容の類の書籍を扱う書肆(しょし)で、儒学書、仏教関係書、歴史書、医学書などを対象とした。これに対し地本問屋は、草双紙(くさぞうし)や絵双紙(えぞうし)など、江戸の地で出版された書籍(これを地本と称する)を扱う書肆であった。
1750年に吉原で生まれた重三郎が経営したのは、地本問屋だった。遊郭の街・吉原で遊ぶための情報を集めた『吉原細見(よしわらさいけん)』をはじめ、洒落本や狂歌本、浮世絵などを出版し、一時代を築いた。その作り手には、山東京伝(さんとうきょうでん)や喜多川歌麿(きたがわうたまろ)、東洲斎写楽(とうしゅうさいしゃらく)、十返舎一九(じっぺんしゃいっく)、滝沢馬琴(たきざわばきん)といった、今の世でも名を知られる者たちを迎え、活躍の場を与えたディレクター兼プロデューサーが、重三郎だった。

ちなみに本書はもともと、1988年に日本経済新聞社から刊行された。当時、東京都美術館で学芸員として勤務していた著者は、執筆への思いをこう語る。
版元・蔦屋重三郎と戯作者、浮世絵師たちとの信頼の絆がどのようにして形成されていったのか、そして彼らの創作活動に蔦屋重三郎の「巧思妙算」がいかように反映されているのか、その実際をわずかなりとも著者の愚眼で覗き見してみたいとの狙いがあった。
そうして出来上がった本書は高い評価を受け、第十回サントリー学芸賞を受賞した。その後、2002年に講談社学術文庫として文庫版が出版。今回、巻末解説を加えた新版として再登場した。全6章を通し、重三郎と作り手たちとの関係性はもちろん、当時の文化や世情と絡めながら、彼の人生と仕事ぶりを浮き彫りにしていく。

大河ドラマの放送開始は年明けだ。まっさらな状態で見始めるのもよいが、本書に書かれた人間関係や史実が、脚本家や役者たちによってどんなふうに表現されるのかと、楽しみを増すのも一つの手。図版として浮世絵もたっぷりと収録された本書で、来年の放送に備えてみては。

レビュアー

田中香織

元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。

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