いつか“きみ”と教室で会う日
なので、この絵本を幼いころに読んだ人は、高校の化学の授業で「モル数」に出合ったときに懐かしくあたたかい気持ちになるんじゃないだろうか。心の中のいい場所に座ってニコニコしていた者たちと再会できるからだ。
犬のポチが「水を半分ずつに分けていくと、さいごには、水の分子になるって、ほんとかワン」と心配そうに見ているが、私もポチと同じ気持ちになる。そんなこと、考えたこともなかった。でも高校の化学を習ったことのある私には、太郎くんと花子さんの実験がいわんとすることは少しだけわかる。
それにしても花子さんが用意するコップの描写の見事なことよ! どれもおうちにありそうで台所が目に浮かぶ。そう、家庭の台所は化学の冒険の入り口にふさわしい。
さて水を半分ずつにしていくとどうなるか。
およそ80回つづけたところ、とうとう水は0.00000000000000000000003cm3(立法センチメートル)の分量になりました。0の数をかくのが、たいへんですから、これを、3×10マイナス23乗とかきます。
本書をふくむ「新・絵でみる化学のせかい」シリーズは、偕成社から1981年に刊行された「絵で見る 化学のせかい」シリーズと、その改訂新版として2000年に刊行された「科学のたんけん・知識のぼうけん」シリーズを大判化し、内容を2024年の最新のデータや学説に合わせて改訂したものだ。
化学のたのしさや、そのたのしさのエッセンスがどこに秘められているかを子どもに語りかける絵本だ。
化学の実験器具と台所の道具
『原子と分子のたのしい実験』にもたのしい寄り道ポイントがたくさんある。
器具に加えて「原料や薬品のじゅんび」も台所の仕事とよく似ていることを、かこさとしさんは絵と文章でていねいに紹介する(こちらも寄り道ポイントの宝庫だ)。
やがて晩ごはんの準備も化学と地続きの仕事だとわかる。そしてかこさとしさんのこんな言葉にジーンとくる。
食卓にならべられたのは、台所という実験室で、化学の探検でつくられたごちそうのかずかずです。それをつくった人は、すばらしい化学者で、実験技術者で、そのうえ食卓の芸術家です。
化学は、性別や年齢や立場を問わず、すべての人の生活のそばにある。毎日の生活のなかで化学に触れて、そのおもしろさを知って成長していけば、見える世界がうんと広がるだろう。そして学校の勉強は実は楽しいことの宝庫で、この絵本で「おもしろいなあ」と思ったことを「おまたせ!」といわんばかりに解説してくれることにも、きっと気がつくはずだ。