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2025.01.07

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【かこさとしの人気化学絵本】原子と分子って何? 深くておもしろい化学の世界

いつか“きみ”と教室で会う日

かこさとしさんが絵本で描くニッコリ顔がものすごく好きだ。“てんぐ”に“だるま”に“からす”、それから本稿の主役『原子と分子のたのしい実験』に登場する“太郎くん”に“花子さん”、もちろん原子や分子たちも、みんなニッコリしている。キュッとうれしそうで、まさに「ゴキゲン!」といった感じだ。見ると幸せな気持ちになる。そして読んだ人の心の中の「いい場所」にみんなでちょこんと座ってくれる。

なので、この絵本を幼いころに読んだ人は、高校の化学の授業で「モル数」に出合ったときに懐かしくあたたかい気持ちになるんじゃないだろうか。心の中のいい場所に座ってニコニコしていた者たちと再会できるからだ。
太郎くんと花子さんは「分子」を見つけるために、コップにきれいな水を入れて実験開始。

犬のポチが「水を半分ずつに分けていくと、さいごには、水の分子になるって、ほんとかワン」と心配そうに見ているが、私もポチと同じ気持ちになる。そんなこと、考えたこともなかった。でも高校の化学を習ったことのある私には、太郎くんと花子さんの実験がいわんとすることは少しだけわかる。

それにしても花子さんが用意するコップの描写の見事なことよ! どれもおうちにありそうで台所が目に浮かぶ。そう、家庭の台所は化学の冒険の入り口にふさわしい。

さて水を半分ずつにしていくとどうなるか。
およそ80回つづけたところ、とうとう水は0.00000000000000000000003cm3(立法センチメートル)の分量になりました。0の数をかくのが、たいへんですから、これを、3×10マイナス23乗とかきます。
ここで大人の私は「ああ~!」と声が出た。そうか、“きみ”か、と。“きみ”とはモル数のことだ。高校1年の4月に化学の授業でモル数(あと10の23乗というべらぼうに大きな数!)を習って口元がへの字になった自分を思い出した。実はこんなに身近にいて、ニッコリできるくらいおもしろい存在だったのになあ、と。
ねんどや消しゴム、つまようじを使って原子の模型を作ってみるのもたのしそうだ。

本書をふくむ「新・絵でみる化学のせかい」シリーズは、偕成社から1981年に刊行された「絵で見る 化学のせかい」シリーズと、その改訂新版として2000年に刊行された「科学のたんけん・知識のぼうけん」シリーズを大判化し、内容を2024年の最新のデータや学説に合わせて改訂したものだ。

化学のたのしさや、そのたのしさのエッセンスがどこに秘められているかを子どもに語りかける絵本だ。

化学の実験器具と台所の道具

絵本のチャーミングなところは、思いっきり「寄り道」ができるところだと思う。文章をフムフム読んでどんどん先に進むもよし、絵を隅から隅まで眺めて、お気に入りのカットを見つけてそこばかり眺めて考えごとをするもよし。そうやってたくさん寄り道をした絵本は思い出に残る。

『原子と分子のたのしい実験』にもたのしい寄り道ポイントがたくさんある。
化学の実験器具と台所の道具がズラリ。試験管ばさみとキッチンばさみは意外と似ているなあ。それから化学で使うガラス瓶は形も大きさもいろいろ。考えることがたくさんある。ひとつひとつ指でなぞりたい。

器具に加えて「原料や薬品のじゅんび」も台所の仕事とよく似ていることを、かこさとしさんは絵と文章でていねいに紹介する(こちらも寄り道ポイントの宝庫だ)。

やがて晩ごはんの準備も化学と地続きの仕事だとわかる。そしてかこさとしさんのこんな言葉にジーンとくる。

食卓にならべられたのは、台所という実験室で、化学の探検でつくられたごちそうのかずかずです。それをつくった人は、すばらしい化学者で、実験技術者で、そのうえ食卓の芸術家です。

化学は、性別や年齢や立場を問わず、すべての人の生活のそばにある。毎日の生活のなかで化学に触れて、そのおもしろさを知って成長していけば、見える世界がうんと広がるだろう。そして学校の勉強は実は楽しいことの宝庫で、この絵本で「おもしろいなあ」と思ったことを「おまたせ!」といわんばかりに解説してくれることにも、きっと気がつくはずだ。

レビュアー

花森リド

ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。

X(旧twitter):@LidoHanamori

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