日本語の世界が広がる図鑑絵本
子どもの語彙が豊かになりますようにとプレゼントしたつもりが、大人も真剣に読みふけってしまった……ということも多いはずだ。じつに手放しがたい絵本だ。たとえば、1ページ目で私たちを出迎えるのは「春駒」。しばらく「ここにいたい」と思ってしまうくらい美しいページだった。
春駒とは「春、若草が芽を出した野原に放たれている馬」のこと。漢字と音の響きから春の気配とみずみずしさを感じる。本稿で紹介するのは『日本のことばずかん いきもの』だ。
かわいらしい春駒たちの向こうに見える春がすみの写真に、高村光太郎の詩「春駒」が添えられている(私はこの絵本がきっかけで春駒の詩を知りました)。たまらない。やがて「そういえば“駒”は馬のことだな。競走馬の紹介で“産駒”と聞いたことがあるし、“駒場”も馬にまつわる地名だ」と、自分の頭のなかにある「駒」とつながり、脳のシナプスというか駒ネットワークが強化されていく。
何かしら印象的なエピソードや刺激と結びついたことばは、その人の糧となり、人生を支えてくれる。「人生を」なんて大げさかもしれないが、いや、ことばほど毎日のように浴びて、自分からも発して、たとえ口にしていなくても、自分の心を組み立てる大切な部品となってくれるものは、そうそうない。しかも無理矢理覚えるとほとんど出番がないという繊細なものでもある。
だから絵本をきっかけに文学や文化にふれて、時間をかけてことばと仲良くなっていくのは、とてもいいことに思える。
どうして昔の犬は「びょうびょう」と鳴いていたの?
たとえば、みんなが大好きなアノいきものはどんなふうに紹介される?
さらに次のページでは「物語にえがかれたねこ」と題して、『源氏物語』から『吾輩は猫である』まで、日本の文学でねこがどんなふうに描かれているかの引用がズラリとそろう。
もちろん犬派も大満足&ニッコリなページも待っていて、そこで出合うのは「びょうびょう」という鳴き声だ。これは江戸時代くらいまでの犬の遠ぼえのオノマトペ。実際に「びょうびょう」と口に出しても、まったく犬が思い浮かばないけどなあ……と思ったら、次のページは「いきもののの昔のオノマトペ」特集。
遠くから聞こえる犬の鳴き声を想像すると、たしかに「ワン」の「ワ」は弱い。いつか私にも「びょうびょう」と聞こえる日がくるかもしれない。
いきものの歌、俳句、形やもよう
いきものの形やもようを基にした身の回りのものが並ぶページを眺めれば、思わず自宅の「ちょうつがい」を見てしまう。コラムで紹介されている小惑星探査機「はやぶさ」の名前の由来に開発者たちの“親心”を感じて胸が熱くなる。
たった1ページだけでも、いきものにまつわる日本のことばから世界がどんどん広がっていくのだ。文学も科学も生活もすべてつながっている。「語彙が増える」とは、ただ言葉と文字をおぼえる作業ではなく、点と点がつながり、そこからさらに奥行きや時間もかさなっていく、とても立体的な体験であることがよくわかる。1ページずつ、ゆっくり噛みしめるように読んでしまう。贈り物にも、自分の本棚に並べるのにもふさわしい絵本図鑑だ。