では実際、日本を取り巻く安全保障環境はどうなっているのか。著者は現状を、「第二次世界大戦後最も厳しいものになっている」とし、その荒波を乗り切る方法として「日本政府は米国とどこまでも行動を共にすること」に舵を切ったと指摘する。
防衛の現場を取材していると、私のようにこの分野を専門としている者でもついていけなくなるほど、物凄いスピードで自衛隊の軍備強化と米軍との一体化が進んでいます。首相(注:執筆時は岸田文雄氏)自身が「戦後の安全保障政策の大転換」と認めるような政策を矢継ぎ早に進める日本政府の対応の陰には、「米国に見捨てられるかもしれない」という不安が見え隠れします。
1976年に東京で生まれた著者は、外交や安全保障を専門とするジャーナリストだ。これまでに多くの書籍を手がけ、数々の賞を受賞している。2018年には三浦英之氏との共著『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(集英社)で、石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞の草の根民主主義部門で大賞に輝いた。
そんな著者が抱く現状への危機感には、責任感も伴っている。「未来ある子どもたちに、私たちの時代を『戦前』と呼ばせないために」、今、私たちに何ができるのか。本書は全6章にわたり、日米の軍事一体化の状況や台湾有事のシミュレーション、南西諸島へのミサイル配備と中国との関係性、そして日米間での核配備の可能性やASEANと日本の未来までを、史実に沿って幅広く検証する。
そうして著者の目を借りると、ニュースで見聞きした情報が、自分にもつながる「線」として理解できるようになる。たとえば第1章では中国の海洋進出と尖閣諸島での活動の活発化を背景に、ある構想が浮上した経緯がつづられている。
こうした動きを受けて、陸上自衛隊西部方面総監部の中で尖閣諸島を含む南西諸島防衛の必要性が強く認識されるようになり、陸上自衛隊の空白地域であった南西諸島の主要な島々に地対艦ミサイル部隊を配備する構想が浮上したのです。
南西諸島の島々に地対艦ミサイル部隊を配備すれば、中国の侵攻部隊を乗せた艦艇の接近を阻むことができます。ミサイルの壁で中国の侵攻をブロックすることから、「南西の壁」と名付けられました。
防衛省は九州・南西諸島に配備する12式地対艦誘導弾の射程を現在の約200キロから1000キロ程度にまで延ばした「能力向上型」の配備を2025年度から開始する計画です。
この長射程ミサイルの開発が2020年に決定された際、日本政府は「島嶼(とうしょ)部を含む我が国への侵攻を試みる艦艇等に対して、脅威圏の外からの対処を行うためのスタンド・オフ防衛能力の強化」が目的だと説明しました。(2020年12月18日閣議決定文書)。
ところが2022年12月の安保三文書の閣議決定で敵基地攻撃能力の保有を解禁し、このミサイルを敵基地攻撃にも使うと方針転換したのです。
硬派な内容である一方、全体は「です・ます」調で書かれており、意外にもやわらかな読み心地。くわえて各章末に収められたコラムでは、「自衛隊の概要」や「ミサイルの種類」そして「在日米軍の概要」と「核兵器の種類」までもが丁寧に解説されている。ニュースを断片的にしか追っていない身には、基礎知識の確認や復習としておおいに役立った。
いつかの未来から「今」を見た時、「『新しい戦前』と呼んだのは間違っていたね」と笑い合うためにも、ぜひ本書のページを開いてほしい。