なぜ〈生命〉が生まれたのか。無機物の世界の中で、どのようにして有機物が発生したのか……私たちをとらえてはなさない疑問に正面から挑んだ刺激に満ちた一冊です。
「物理や地球史の必然性に基づいて“分子”の進化を考察し、実験や観測で裏づけて逐次研究を進めれば、“普通の自然現象の積み重ね”として、生命の発生は理解できるはずです。地球史46億年をさかのぼる、いわば“究極の考古学”です」
中沢弘基さんは熱い信念を持ち46億年前の地球がどのようにして生命を生み出したのか、ひとつひとつ論を重ねていきます。キーになる言葉は「エントロピー」(熱力学の第二法則)と「プレートテクトニクス」(全地球流動。乱暴にいうと大陸移動説を導く考え方のことです)です。このふたつの〈論理の武器〉を手に中沢弘基さんは、生命誕生の謎にせまります。
「生命が地球に発生した物理的理由は、その後に生物が進化したのと同じく、熱の放出によって地球のエントロピーが減少したことにある(略)エントロピーが小さくなると、熱力学第二法則にしたがっていろんなものが秩序化します。地球は全球溶融体から、核、マントル、地殻、海洋、大気の層状態になり、さらに大陸ができて、マントル内部も3次元に複雑化し続けています」
この状態の地球(40~38億年前)にある決定的な出来事が生じます。太陽系の惑星軌道の揺らぎによって引き起こされた「激しい隕石爆撃」(後期重爆撃)がそれです。この隕石の海洋への衝突で生じた「超高温の衝撃後蒸気流が冷却する中で、多種多様の“有機分子”が創成された」のです。(有機分子のビッグ・バン)
この創成された有機分子の一部が海洋に沈殿し生命への道を歩むことになるのです。生命体までの段階を中沢弘基さんは「雑多な固体時代」「無遺伝子生命体の時代」「海洋への適応放散の時代」と名づけて論を進めていきます。
そして作られた一枚の図「地球“軽元素”進化系統樹」(分子と生物の統一進化系統樹)、ここへいたるまでの中沢弘基さんの思考と実験、仮説の積み重ねの迫力は、この本の醍醐味のひとつだと思います。
この「地球“軽元素”進化系統樹」に結実された中沢弘基さんの論を追うには、必ずしも難しい科学的な知識が必要ではないと思います。
「本書もまた補強されたり書き替えられたりするはずです。科学ロマンに挑戦する新たな人たちに伝わることを期待しながら」
と書き始められたこの本は、読む人を、大きな物語につつんでいつの間にか、この本の世界に誘っていくと思います。そして論を重ねる中沢弘基さんの科学者としての振る舞いのすばらしさにも心を打たれると思います。
レビュアー
編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。