「呼吸器系」「消化器系」「泌尿器系」「生殖器系」「内分泌系」の5つの器官系の総称である内蔵は
「形態学的には、体の内部にある器官系である。しかし、体内の器官系でも心臓や脾臓など、内臓に含まれないものは多い。また、機能的には、いずれも植物性器官系である。だが、同じ植物系器官系でも循環器系は、内臓に含まれない。つまり、やや歯切れが悪くなるが、内臓とは体の内部にある植物性器官系の一部のことを指す、というほかないのである」
植物性器官系の一部であっても内臓が「動物体の主役」あることには変わりはありません。岩堀さんはこの5つの器官系の成り立ちを進化という考えにそって図解という方法を十二分に生かして解き明かしていきます。
岩堀さんはいつもいろいろなことに気づかせてくれます。消化器系では
「あらゆる動物の消化器官は、たった1つの思想に裏打ちされている。それは、数少ない機会をとらえて得た餌を、いかに無駄なく利用し尽くすかという「もったいない」の思想である」
ということをあらためて気づかせ、そこから進んで
「進化における消化器系の最大のイベントは「植物を食べる」という選択をしたときに起こった。実はすべての動物は、元来は肉食だったのだが、過酷な生存競争を生き残るため、植物を口にするものが現れた。最初、それは決して食用には適さなかったが、“あるもの”と手を組んだ動物たちは、ついに植物を食べられる消化管を手に入れたのである」
この“あるもの”とは微生物(細菌類や原虫類)です。動物はこれらと体内で共生することで、植物から効果的にセルロースを摂取することができるようのなり、「共生する微生物はさらに、動物の体内に侵入した不必要な微生物を撃退するという役割も担った。こうして草食がはじまり、動物という新しいライフスタイルが成立したのである」
動物の一大変革を器官系の進化から解き明かしています。
この本には、この消化器官系で起きたようなさまざまな動物進化のドラマがあふれています。
水中から陸上に上がった時に動物が直面した、いかにして生命維持に必要な酸素を獲得するか。陸上動物の空気呼吸はどのようなものなのか。「酸素は水に溶けた状態でないと、血液中に拡散できない」から内部に薄い水の被膜をもっている「肺胞」が必要になっている。「つまり厳密には「空気呼吸」とはいっても水を介しての呼吸である」というのが肺呼吸のありようなのです。
また陸上生物には不可欠な水分を「無為に失う」ことのないようにいかに効率的にするか。その「選択力」を持つ腎臓ができあがるまでの進化もまた読み応え(見応え)があります。動物たちがその類によって異なる体外への毒物・老廃物(=窒素代謝産物)の処理の仕方、その進化の中で哺乳類がとった奇妙な仕組みとそれをコントロールするホルモンの効果(詳細はお読みください)のくだりは進化の妙としかいいようがありません。
ここで言及されたホルモンは内分泌系の章であらためてその古い歴史から説き起こされています。この内分泌系では、進化=分化と考えがちな私たちですが、逆に「合併」が起こっています。岩堀さんもこの章の末尾で
「はたして、これを進化といえるのだろうか。そうしたわれわれの戸惑いを横目にみるように、内分泌系ではいまも合併が進行しているのかもしれない」
と記していますが。
進化ということでは最終章の「昆虫の内臓」で「進化の収斂」ということに岩堀さんは触れています。「進化の収斂」とは「まったく別個に進化したものが同じような結果に至ること」だそうです。この「進化の収斂」の実例を無脊椎動物の代表として昆虫を取り上げ脊椎動物との内臓形態を比較、分析しその変化を追っています。といっても呼吸器系以外ではよく似た形態をとっているからこそ「進化の収斂」なのですが。
この本は動物の進化というものの持つ精妙さと不思議さをあらためて私たちに教えてくれる刺激あふれる一冊です。そしてまた、私たちの体内がどういう歴史を負ってできあがっているものなのかを考えさせてくれるものでした。
レビュアー
編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。