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2014.06.11

レビュー

パラドックスは私たちが生きていることの不可解さを明らかにしているものなのです。

パラドックスというと
「アキレスは亀に追いつけない」
「飛んでる矢は止まっている」
「全てのクレタ人は嘘つきだとクレタ人が言った」
ということを思い浮かべる人が多いと思います。
この本も、もちろんこの古代ギリシャのパラドックスの話を取り上げています。楽しいイラスト付きでその面白さをわかりやすく紹介しています。けれどそれはほんの序章です。

著者のパラドックスの話は古代ギリシャからガリバー旅行記(『ガリバー旅行記』等の作者)やマーク・トウェイン(『トム・ソーヤの冒険』等の作者)のパラドックスの話を経て宗教上のさまざまなパラドックスをわかりやすく簡潔に紹介しています。でもここまでの話はいわば論理(言葉)上のパラドックスの話です。

この本の醍醐味はさらにその先にあるのです。物理学の不思議な世界を紹介した後、生命世界のパラドックスへと話は進んでいきます。

「皮膚細胞はある一定の時間を経るとアポトーシス(死の指令)によって死を迎え、垢となって体から剥がれ」
「新しい細胞が生まれ(略)ちょうど釣り合って皮膚の形態を保持しています」
これは、生命体というものが実は、生と死が拮抗しているパラドックスの極みにあるものだといっているのです。
著者によればガン細胞はアポトーシスを拒否して生き続けようとしている細胞で、生き続けようするために「かえって生体そのものの死につながる」というパラドックスの見本なのだというのです。生と死とはさまざまな考え方によって語られて続けていますが、著者のパラドックスというものからの視点はとても新鮮で含蓄が深いものに感じられます。

そして著者はさらに、現代社会がいかにパラドックスに満ちているかと話を進めていきます。

身近なところでは「便利になれば多忙になる」から始まり、地球規模の資源に限りがありそこに必ず限界が現れるのに成長を求め続ける「成長路線のパラドックス」など、私たちが見ないようにしているさまざまなパラドックスを取り上げ、そのねじれ具合を平易な言葉で明らかにしています。

この本はパラドックスというものが、私たちが生きていることの不可解さを明らかにしているものなのだということを教えてくれています。私たちが現在の世界に生きることとはどういうことなのかということをもう一度考えるときに大きなヒントを与えてくれる一冊なのだと思います。

パラドックスの悪魔

著 : 池内 了
絵 : ワタナベ ケンイチ

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レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

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