「月々に月見る月は多けれど 月見る月はこの月の月」
という古歌がありますが、この本を読むと月が変わって見えるのではないかと思います。
佐伯さんによると近年の「月探査」について日本人の関心が薄くなっているのは
「アメリカの巧妙な広報宣伝に、まんまと引っかかって、だまされているのかもしれません」
と注意を促し、いかに月が人類にとって貴重・重要なものであるのかを丁寧に解き明かしています。
なにより月が私たちにとって「次のフロンティア」ということを忘れてはいけないというところから佐伯さんの話は始まります。「大きい」「近い」「分化している」(均一なものが異質なものに分かれるていることをいいます)という3条件を満たしていることが月の重要性を際立たせているものなのです。
この月の探査によって私たちは何を知ることができるのでしょうか。佐伯さんは次の3つの大問題に取り組むことができるようになると解説してます。
1.月と地球の関係 月がどのように誕生したか。ジャイアントインパクト説が正しいのならば地球の起源の解明にもつながります。
2.月の分化過程 資源の多様性の調査。
3. 月をとりまく太陽系の状況。
(ジャイアントインパクト説=地球形成初期に火星サイズの天体が原始地球に衝突し、宇宙にまき散らされた破片が再結集して月ができたという説)
この3つの問題の解明だけでなく、佐伯さんは月が人類が次の宇宙探査にあたっても重要な基地になるといっています。月の資源を利用することで、それを足掛かりにベースキャンプを作り、他の惑星への探査をするというものです。確かに月面基地の設営のメリットは大きくあるように思えます。そのためにも月の探査はまだまだ続けなければならないものなのです。
14ヵ国で構成された国際宇宙探査協働グループ(ISECG)が作成した「国際宇宙探査ロードマップ」というものがあります。
1.国際宇宙ステーションを最大限活用し、探査に向けた技術を蓄積する。
2.小惑星・火星への有人探査の準備としての無人探査をおこなう。
3.2020年代に月周辺の有人探査を実施する。無人で月周辺に移動させた小惑星の有人探査・月周辺の長期有人滞在ミッション・月表面の有人探査などをおこなう。
4.2030年以降に有人の火星探査を実施する。
というものですが、ここでも「近年、中国とロシアが共同して月探査・開発を精力的に進めている状況」が起きています。
そのことを踏まえると、日本も、ますます月の探査・開発を進めなければならないと佐伯さんは提言しています。
宇宙の平和利用に関しては1079年に国際連合総会で採択された「月協定」(正式名は「月その他の天体における国家活動を律する協定」)があります。けれど、この協定に、アメリカ、ロシア、中国、日本は批准していません。この協定には「月の表面や地下、天然資源は、いかなる国家・機関・団体・個人にも所有されない」という文言があるのですが……、
「月に行ける国が批准しないのはなぜか。逆に、月に行けない国が批准する必要性は何か。それは、もはや月の資源の利用が、遠い未来の夢物語ではなく、現実に採掘を計画する対象になってきていることを物語っています」
このような国際状況の中で佐伯さんは日本がリーダーシップをとることも提言しています。この本はそのような政治力学のことを中心に綴られたものではありません。が少なくとも、アメリカ、中国、ロシアなどを中心に、月の探査・開発をめぐって激しい競争が水面下で始まっています。その意味を私たちは知っておく必要があるのではないでしょうか。
その上でもう一度夜空を見上げて見たいと思います。きっといつもと違った月が目に映るにちがいありません。日本の大型月探索機「かぐや」がもたらした数多くの知見とともに、月がより大きく、夢をふくらませるものになっていると思います。
「清水へ祇園をよぎる桜月夜 こよひ逢う人みなうつくしき」(与謝野晶子)
月は(桜もあればなおのこと)人を美しくもさせるのです。
レビュアー
編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。