元政治家で、今はコメンテーターをはじめ多方面で活動中の橋下徹。抜群の知名度をもちつつ、歯に衣着せぬ発言や極端、あるいは大胆な考え方などから、好き嫌いが分かれる存在でもある。
そんな橋下が今回、新たな著書を刊行した。その名も『政権変容論』。本書は、ジャーナリスト鮫島浩を聞き手とした対談形式で構成されており、その中身は今の政治、もっと言うなら自民党と公明党による現政権を“変えるため”の方法論を述べている。
ただし、打倒自公政権!といった政権交代を説くものではない。では本書で橋下は、何を語っているのだろうか。
橋下徹が提言する「政権変容」
政権交代とは、自公が政権を去り、野党がこれにとって代わること。だが橋下はこの政権交代について、ひとつの疑問を呈する。
しかしこのような政権「交代」を、国民は本当に、心底求めているのでしょうか?
漠然と政治が変わってほしいと思ってはいるものの、今の自由民主党に政権を完全に去ってもらって、今の野党に政権を担ってもらいたいとまで思っているのか。
ここが本書における、僕の問題意識の核心です。
パーティ券問題などで支持率を落とした現政権。しかし世論調査での立憲民主党の支持率は自民党の半分以下で、日本維新の会にいたっては5分の1程度。政権不信が野党への支持に繋がっていない現状を踏まえ、橋下はこう述べる。
今の自民党政権には嫌気がさしているけれども、だからと言って野党に政権を託すまでは考えていない。
これが国民の感覚の核心ではないでしょうか。すなわち現政権がそのまま維持されることは嫌だが、交代までは求めていない。
このことを僕は、政権「変容」と名付けました。
自公政権の存続は受け入れつつ、過半数割れを狙う。これによってあらたに野党が加わり連立政権となる、あるいは政権外から政策ごとに過半数勢力に加わる。こうして野党の血を入れることで政権に「変容」をもたらそう、というのが本書での提言だ。
ここで見誤ってはならないのが、橋下は政権交代を否定してはいない、ということ。橋下自身、自ら立ち上げた大阪維新の会で自民を倒し、大阪府議会で過半数の議席を獲得するという「政権交代」を、大阪府で実現している。ただ、現状の国民感情や野党の経験など踏まえると、国における政権交代は現実的ではない。野党がまず目指すべきは政権変容である、と主張しているのだ。
野党は「野党第一党」を目してはいけない
政権変容のためには、自公が過半数割れしなければ始まらない。そこで重要になるのが、野党の動きだ。政治とカネの問題で揺れる自民党に逆風が吹いている今が、絶好のチャンス。
ここで橋下は、重要な問題提起をする。
野党各党は自党の勢力を拡大することに精を出しています。
特に野党第二党である日本維新の会は野党第一党になることに心血を注いでいます。
しかし実は、野党第一党がどこかなどに、国民はまったく関心がありません。
常に政権交代が起こる環境であれば、現政権にとって代わる存在となる「野党第一党」に意味はある。しかし自公が長期にわたり政権の座につく今の日本では、「野党第一党」になんの価値もないとバッサリ切り捨てている。
野党が目指すべきは、野党第一党の座ではなく、自公政権過半数割れ。橋下は本書の中でこれを徹底して主張。そして、当選者が1名の小選挙区制において、野党候補の乱立は与党が利するのみゆえ、ひとりに絞り込むべきだと説く。2024年の東京都知事選でも、現職の小池百合子に対し、複数の(ある程度票が見込める)対立候補が出馬したため、反小池票が割れてしまい、小池百合子は圧勝した。せめて有力な対抗馬がひとりに絞られていたら、もう少し接戦になっていたのではないだろうか。
さらに橋下が示すのは、野党候補の絞り込み方だ。政治家同士の密室協議による調整は悪手だとし、野党同士で「潰し合って」ひとりを残す方式を推奨している。「野党間予備選挙」と称するそれは、法律上の問題もあるため実現のハードルは高そうだ。ただ、いわゆるトーナメント方式でまず対与党への対抗馬を選出し、決勝戦として与党候補と一騎打ちをする、というシステムは有権者にとってわかりやすいかもしれない。バトルロイヤルよりタイマンのほうがシンプルだ。
しかし7月に、立憲民主党と日本維新の会の両代表が会食し、次期衆院選で政権交代を目指す考えを語ったという。
残念ながら橋下の理想は、現野党には届いていないようだ。
橋下らしさ全開の展開も
忖度(そんたく)しない物言い、その考え方や発言内容に賛否はあるものの、とにかくエネルギッシュ。本書にはそんな橋下の姿が浮かび上がるパートも随所に見られる。たとえば第七章にて「政権変容」を語る際には
すみません、ここからは対話ではなく、一気に、熱く、持論を展開させてもらいます。
と本書のフォーマットをひっくり返し、まさに一気に語り尽くす。
また、橋下が所属していた維新の現状について、かつて大阪でも最強だった自民党を割って出て、政治的信念と情熱でもって維新の源流を作ったという松井一郎の名を出しながら
維新国会議員に、そういう情熱野郎はもういませんかね。
と発破をかけている。維新を筆頭に、野党への手厳しい苦言も満載だ。
政権に変化をもたらすシステムを説き、野党のだらしなさを断罪する本書は、橋下支持者ではない私のような人間でも、思いのほか共感できるポイントがあった。私自身、今の野党には政権を任せたくないが、与党には大きな不満をもっている。野党が本気で自分たちの政策を実現させたいのなら、橋下の言う「政権変容」路線はひとつの現実的なルートかもしれない。
内容や結果の是非はともかく、実行力という点で説得力をもつ橋下。そんな彼が語る本書は、本当に政策を実現する気があるのか、自党勢力拡大を優先して保身に走っていないか?という、野党に向けた辛口のエールとも言えそうだ。
衆院解散・総選挙の話題も飛び交うこのタイミングに、橋下流のユニークな提言を読んでみるのもまた一興かもしれない。
レビュアー
ライター。野球と競馬が好きなザ・おじさん(でもビールは苦手)。