今日のおすすめ

PICK UP

2024.08.21

レビュー

【自民党と裏金】安倍派幹部はなぜ逃げ延びたのか。その答えがここにある

金丸闇献金事件は、検察の資金規正法違反の原点ともいえる事件だった。巨大な政治腐敗に不十分な武器で正面から対峙しなければならなくなった検事たちの苦悩と逡巡。不正が発覚したときの政治家のドタバタ劇と国民に対する説明責任の取り方。検察側に干渉しようとする政治側と法務省の攻防。さらに検察部内での捜査・公判方針を巡る対立……。そこには数々の人間臭いドラマがあった。
それらの事実は、今回の「裏金」事件の検察の捜査や処分を理解し、政治資金規正法改正を含めた政治とカネの腐敗監視を再構築するうえで大いに参考になると思われる。

2024年の「裏金事件」について
32年前の「金丸5億円事件」から考える

1992年8月22日、政界に激震が走った。
東京地検特捜部が特別背任罪で訴追していた東京佐川急便元社長の渡辺広康氏が、自民党最大派閥「経世会(竹下派)」会長だった金丸信氏に対し、簿外で調達した現金5億円を89年夏の参院選前に提供したと供述。その極秘捜査の内容が、朝日新聞朝刊一面に大々的にスクープされたのだ。

当然ながら、その裏にはさまざまな人たちの思惑と葛藤が渦巻いていた。
当初は「立件は難しい」と考えていながら、金丸氏本人の驚きの自白で一気に攻勢に転じた東京地検特捜部。そして「金丸氏側からの名誉棄損訴訟のリスクと“社会の木鐸”たる使命感で揺れる、著者の村山氏をはじめとした各新聞社の政治部・社会部記者およびデスクたち。

さらに、当事者である自分たちの思惑を大きく外れた批判的な動きを見せる世論に戸惑う政治家たち。実際に献金を受け取ったとされる金丸氏の秘書や、いまだに「この機会を逃さず、金丸信を追い落とした」という陰謀論が語られる小沢一郎氏。さらには佐川急便の渡辺氏が稲川会の力を借りて暗躍した「皇民党事件」を経て、5年前に総理大臣に上り詰めていた竹下登氏ほか、今では鬼籍に入っている者も少なくない、自民党の重鎮議員およびその周辺の人々。

金丸氏が裏金の存在を認めたその背後で、これだけの登場人物が各々の信念や思惑、利害を背負いながら動き回っていた。本書では当時の資料、および関係者への綿密な再取材を経て、極めて生々しいその様子が詳細に、さらに淡々と描かれている。

正直、政治不信に起因する葛藤や汚職への腹立たしさなど以上に、人間ドラマとしてかなりの読み応え、面白さを感じられる一冊だ。

疑惑の自民党政治家たちに権力者としての矜持を問う

本書は、2024年1月に東京地検特捜部により摘発された「自民党の派閥の政治資金パーティ収入をめぐる政治資金規正法違反事件」についての、詳細な振り返りからスタートする。

発覚から半年強が経過した今、大物議員はほとんど立件されず、一部の派閥幹部が自民党を離党したり、都連会長を辞任したり……程度の処置で幕引きが図られている今回の事件。東京地検の出したあまりに弱腰に見える結論に憤慨する、一般の人たちの声も多くみられる。

元朝日新聞東京社会部記者である村山氏は、この国の政治資金を巡る闇の深さに対する解決策を模索するためには「検察による政治資金規正法違反の捜査の原点」である金丸氏の5億円裏金事件を振り返ることが必要だ、と考えて、本書を記したという。

あまりに根深い政・官・財・暴の癒着や、一切の自浄作用を発揮しない与党幹部をはじめとした政治家たちの姿が描かれた一冊。まさに「慢性疾患が悪性腫瘍に転化した自民党の『裏金』」問題への対応策として、著者の村山氏は「証券取引委員会型の政治腐敗監視システムの構築」を提案している。

「政治の自由」がからみ、単純な正義の物差しを適用しにくい政治とカネの不正監視も、市場監視と同様のシステムによることが望ましいと考える。公職選挙法、政治資金規正法、政党助成法を抜本改正し、政治資金や政党交付金、選挙経費などが適切に情報開示されているかを監視する、証券取引等監視委員会と同様の機能を付与した独立機関を作ってはどうか。
政治からの独立をより強力に担保するため、金融庁傘下の行政組織である監視委より、国家行政組織法3条に基づく「三条委員会」で独占禁止法・競争政策を所管する公正取引委員会スタイルにした方がいいかもしれない。

ここから同システムの具体的な運用イメージについても語られているが、正直、ぜひ実現してほしいと思える提案だった。

最後に本書のラスト一節を引用して終わりたい。

32年前、報道で闇献金が暴露された金丸信は、逡巡はしたが、潔く記者会見して国民に謝罪し、自らの首を差し出した。使途については「仲間に迷惑をかける」と説明を拒んだが、訴追され、国民の批判が強まると、すっぱり議員バッジを返上した。金権体質、反社との距離感に問題はあったが、政治家としてはある意味、見事な立ち居振る舞いだった。
一方、今回、首相の岸田文雄や元幹事長の二階俊博、安倍派5人衆らはいずれも説明責任を果たし政治責任を取ろうという姿勢が皆無だった。無責任の極み。権力者の矜持はどこにいったのか。国を危うくしているという自覚はないのか――と問わざるを得ない。

レビュアー

奥津圭介 イメージ
奥津圭介

編集者/ライター。1975年生まれ。一橋大学法学部卒。某損害保険会社勤務を経て、フリーランス・ライターとして独立。ビジネス書、実用書から野球関連の単行本、マンガ・映画の公式ガイドなどを中心に編集・執筆。著書に『中間管理録トネガワの悪魔的人生相談』、『マンガでわかるビジネス統計超入門』(講談社刊)。

おすすめの記事

2024.08.23

レビュー

橋下徹の画期的提言! 自民党がどうであろうと野党が腹を括って決断すれば「政権変容」できる

2024.07.29

レビュー

文春の異端の編集者は政権幹部と何を話していたのか? 必読の日本政治経済裏面史!

2024.06.28

レビュー

能登半島地震の悲劇を徹底取材──「政治の人災」を繰り返さないための防災マニュアル

最新情報を受け取る