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2024.06.26

レビュー

【衝撃の手記】ゴーン会長のもと、日産社長を務めた男はそのとき何を考えていたのか?

カルロス・ゴーンとは何者だったのか?

著者の西川廣人(さいかわひろと)は、2017年に日産自動車の代表取締役社長兼CEOに就任し、2019年に退任(取締役の退任は2020年)した。それはつまり、カルロス・ゴーンから日産自動車の経営を引き継ぎ、カルロス・ゴーンの不正発覚時に企業トップとして対応し、事態の収束と後継の執行体制を立てて引退したことを意味する。そんな人物の本のタイトルが、『日産とわたし』ではなく『わたしと日産』であることに、強い意志を感じる。巨大企業に付随する自分ではなく、自分から見た日産。日産自動車という企業、カルロス・ゴーンという人物をきちんと相対化し、経営者の視点から本書は書かれている。

西川氏は東京大学を卒業後、日産に入社。希望した花形部署の輸出部門には配属されず、部品サプライヤーの工場を訪ね歩く購買部門に就く。重要ではあるが主流とは言えない部署で彼が経験を積む一方、日産自動車は海外生産に軸足を置くようになる。聞こえはいいが、運営体制は日本流。規模が大きくなるばかりで収益が追いつかず、急激に会社は傾いていき、フランスのルノーに救済を仰ぐ。そこで乗り込んできたのがカルロス・ゴーンだった。

社内にはゴーン改革による劇的な変化について行けない人、あるいは変化を嫌う人も多く、様々な混乱が起きていた。その中で、私の気持ちのベクトルは「もう辞めてしまおう」から「もう少しこの会社でやってみるか」という方向に転換し、ほぼ固まった。

カルロス・ゴーンが背任行為で逮捕されたとき、「これは日産自動車によるクーデターである」という見立てが広まった。「フランス政府の後押しで、復活した日産をルノーが経営統合しようとしている。それを快く思わない日産側のクーデターだ」というのは、話としては面白い。フランスでは日本以上にそう信じられ、西川氏はその主導者だとされた。ゴーンの改革で「やってみるか」と背中を押された人間が……、である。

例えば、初めて1対1で対面したときの、ゴーンの印象を西川氏はこう記している。

相手が話している間は静かに耳を傾けるタイプで、大変な聞き上手だった。大勢の社員を前に話す時や、マスコミに見せるイメージとは全く異なっていた。

また、ゴーン改革の本質をこうも語っている。

つまりゴーン改革は、いわゆる占領軍による統治ではなく、日産内の有能な若手の起用が中心だった。それが後の「内なる国際化」をはじめ新たなリーダーシップの醸成に大きく貢献したことは間違いない。

そんなゴーンが、なぜ変質したのか? 西川氏にしてみれば後付けの答えになるが、日産自動車での活躍をバックに“カリスマ”として持ち上げられ、ルノーのCEOとなって周りがイエスマンばかりになってしまったことが大きな要因だったのではないか。クーデター説に対してあまりに凡庸な物語。日産自動車、ルノー、三菱自動車から横領していた350億以上という桁外れた金額は、その凡庸な物語のお飾りに過ぎない。

危機管理と後始末

ゴーンに検察当局の捜査の手が及んでいることを知った2018年10月8日から、逮捕に至る同年11月19日までの顛末。そこからのルノーとの関係回復に至る道筋が、いかに混乱と困難の連続だったかは、本書を読むとよくわかる。

本書を読んでいると、西川氏にもう一人の有名な経営者の顔が被ってしまう。それは島耕作。出世コースの主流におらず、どこか会社と一歩距離を置いたところにいる人物像。海外拠点での勤務経験の豊富な点も被る(漫画の島耕作ほどに派手さはないけれども)。例えば西川氏は国際化していく時代のリーダーに不可欠な要件のひとつとして「エンパシー」をあげている。直訳すれば「共感」という意味だが、それとは少しニュアンスが異なる。

私が「エンパシー」という言葉で強調したいのは「自分とは異なるバックグラウンドを持つ人がいることを理解する」という能力である。そのために必要なのは、違うバックグラウンドを持つ相手を簡単に理解しようと思わないこと、あるいは理解したと思い込まないこと。そのうえで、まず違いがあることを理解し、相手を尊重する姿勢を持つことこそ重要なのだ。その姿勢を常に保ちながらグループをリードしていかなければならない。

この言葉に、中国や韓国、インド、フィリピンで苦労していた島耕作を思い浮かべた。

読者が求めるところであろう、「わたしとゴーン」の部分を多く費やして紹介したが、本書は国際化に直面する企業経営者や、日本から一足飛びに海外で勝負したいと考える起業家にも、非常に示唆に富む一冊でもある。ご一読をおすすめする。

レビュアー

嶋津善之 イメージ
嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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