どこを読んでも顔がニヤけてくる
いまや私が「文章を書く」ときに使う道具は、スマートフォンやパソコンが大半だ。この原稿だってパソコンで書いている。それでも鉛筆や消しゴムが我が家から消えることはない。
小学1年生のころから使ってきたはさみが壊れてしまったときは胸がズキンと痛んだし(そして捨てられなくて箱にしまっている)、憧れの人が「伊東屋のリーガルパッドを使っている」と話せば、ちゃっかりマネして使うようになった。本やノートに貼る「ふせん」は気に入ったメーカーのものをたっぷりストックしている。つまり、文房具は私の目の前から姿を消す様子がないどころか、ちょっと増加傾向にすらある。
文房具には不思議な魅力があるのだ。手に取るたびに「お前はなんて便利なの」なんて声をかけたくなる。そう、便利で、創意工夫にあふれている。だから文房具屋さんで新しい文房具を選ぶときは真剣勝負だ。あと思い出もスポンジのようによく吸い込む。
新しいものを作るとき、私たちは今あるものを参考にして、もっといいものにしようとしています。(中略)
今の私たちから見ると、昔のものや道具は、へんてこだな、ざんねんだなと思うこともあるでしょう。
でも、そのものたちは、当時の人がめいっぱい考えて、工夫して作りあげた、その時代の最先端のものなのです。
こんな熱いメッセージから始まる『ざんねん? びっくり! 文房具のひみつ事典』は、文房具を手放せない私のための本だ。どこを読んでも顔がニヤけてくるし、思わずゲラゲラ笑ってしまう。粒ぞろいのエピソードが盛りだくさん。知らなかったことだらけ!
著者は文房具を愛してやまないヨシムラマリさんで、本書の監修は「文具王」と呼ばれる文房具デザイナー・研究評論家の高畑正幸さん。ということで、隅から隅まで愛情がつまった事典となっている。ふりがな付きなので子どもと一緒に楽しめる。
「ふせん」はどうやってヒットした?
本書は文房具の仕事ごとに章が分かれている(文房具屋さんのようだ)。それぞれの章で、文房具の「ざんねん」なエピソードと、「びっくり」のエピソードがバランス良くそろう。
トップバッターは「書く、消す」だ。小学校に入学したばかりの頃、母親が持たせてくれた筆箱にキレイにならんだ鉛筆を眺めては「私の道具なんだ」ってうれしかったな。
たとえば鉛筆はナポレオンの「ムチャぶり」から生まれ、わずか8日の突貫作業で誕生したことや、そのときの製造法が現在も継承されていることなどが語られる。そして日本に現存する最古の鉛筆の持ち主はスーパー有名なアノ武将だったり、全エピソードが楽しい。ちょっと人に教えたくなる。
さらに歴史秘話に加え最新の文房具事情も紹介されている。
0.2ミリなんて極細芯があるの⁉ 見に行かなきゃ!
そして「ふせん」の歴史に思わずうなった。本当に「おおおお!」と声を上げながら読んでしまったのだ。読書、仕事、お買い物、私の生活シーンでペタペタとあちこちに貼られては剥がされてきたアノ文房具が、偶然とひらめきと根性の産物だったなんて。
一部を紹介しよう。ふせんの王者ことポスト・イットを開発した3M社は、もともと「超強力な接着剤」を作ろうとしていた。でも、できたのは……?
くっつくことはくっつくけれど、はがそうとするとかたんにはがれるのです。すぐはがれるのは、接着剤としては失格です。
まさかの失敗作。放置されたこの残念な接着剤は、5年の時を経てある社員に見出される。
同じく3M社で働いていたアート・フライは、教会でつかう歌の本に、目印のしおりをはさんでいました。しかし本を開くとその紙が落ちて、目当てのページがわからなくなってしまいます。
そして!
ピーンと思いつくフライさん! そう、楽譜にも「ふせん」はよく使われている。
「しおりにあのふしぎなのりをぬったら、落ちないしおりができるんじゃないか? しかもキレイにはがせて、貼りなおしもできて、便利だぞ!」
工夫とひらめきがさえてる~! まさにふせんの用途そのままだ。こうして世紀の大発明が世に放たれるも、なんと発売当初はまったく売れなかった。斬新すぎたからだ。
でも、販売の担当者はめげませんでした。じっさいにつかってもらえれば、きっとよさがわかるはず! そう考えて、アメリカのトップ企業の秘書たちに、タダでポスト・イットのサンプルをくばったのです。
書類がいっぱいあってミスは許されない。大事な書類にメモを確実に残したい。そんな大企業の秘書たちがポスト・イットを手にしたらどうなるか。
イイネ! となる。マーケティングの勝利だ。
こんなふうにパンチの効いたエピソードが無数に並んでいる。どの文房具にも「こうやったら便利なんじゃない?」という人間のひらめきが込められていることがわかる。そして各エピソードは1~2ページにコンパクトにまとまっているので、ちょこちょこと拾い読みすると楽しい。
文房具は、私たちが人生の早いタイミングに「自分のもの」として出合い、「わあ便利!」と感心し、末永くお世話になる道具の代表格だと思う。そんなノスタルジーと、人間のひらめきの豊かさの両方が文房具のチャームポイントであり、この本のおもしろさにつながっている。
この事典で文房具たちのひみつを知れば、文房具をますます大好きになって、文房具屋さんにフラフラっと吸い込まれるはずだ。
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori