故事成語をただ暗記するなんてもったいない!
小学校の国語の授業で教わる故事成語のあれこれは、なんというか歯ごたえ最強な言葉だった。「むずかしい」とは「咀嚼不能」という意味もあるのかぁ……と思い知るのだ。
もちろん授業中に故事成語の成り立ちも紹介されるが、まさにあれが咀嚼不能だった。どんなに易しい言葉で表現されたって、モチーフやエピソードそのものが奇妙だから「えっ!?」となる。「まあ、先生がそう言うのだし、いいか……」と教科書をめくりながら自分を納得させようとしていたが、それにしたって薪の上で寝たり苦い肝をなめたりする王ってどうなのだ。
そんな小学生の「えっ!?」に寄り添い、故事成語の味わい深い世界へと私たちをいざなう絵本が『故事成語ツッコミ事典 もしも言葉のレビューサイトがあったら』だ。
作者はR-1グランプリ決勝の常連で、現役塾講師でもあるお笑い芸人の寺田寛明氏。ツッコミと教育のプロだ。
この絵本は、「覆水盆に返らず」「食指が動く」「ほぞをかむ」などの故事成語をイラストと共に学びつつ、それらのヘンテコなところも決して見逃さずにツッコミをいれる野心作となっている。
たとえば「臥薪嘗胆」のお話はこんな感じ。
寺田寛明・作/紙谷俊平・絵
紙谷俊平氏のポップな絵が楽しい。父王を討たれた悔しさを胸に、薪の上で寝る夫差(ふさ)もいいが、バンザーイとうれしさを隠そうともしない勾践(こうせん)も味わい深い。
さあ、わざわざ薪の上で眠ってリベンジを誓った夫差は……!
寺田寛明・作/紙谷俊平・絵
今度は夫差の勝ち! これまた「ヨッシャー!」という声が聞こえてきそうな喜びようと、ハンカチを噛んで「キィー!」と悔しがるさまがカワイイ。あと、肝をなめる絵面はやはりヘンだな。
そしていよいよ臥薪嘗胆へのツッコミが始まる。レビューサイトといえば、いろんな人が、自分の率直な評価や意見を述べる場だ。みんな好き勝手に言いたい放題、上から目線の嵐ともいえるだろう。さあ、臥薪嘗胆について、レビュワー各位はなんて書いているの?
共感できなさすぎる。
うん、しかたない。私はこのレビューにちょっと共感するよ。言いたい放題はまだまだ続く。
まきの上で寝ないと忘れちゃうくらいのことなら、忘れてもいいのでは?
ヒィッ! キビシイ!
ということで、なんと評価の星は五段階中「星1つ」。けちょんけちょんに言われっぱなしの「臥薪嘗胆」だが、得られる教訓を、寺田先生は「復讐心を忘れないためにも、肝をなめることも、必要なのかもしれない。ほかの方法も、ある気はするけど……」とまとめる。いにしえの言葉へのリスペクトと現代人からのツッコミのどちらにも理解を示し、臥薪嘗胆の物語を締めくくるのだ。こういう絶妙なバランス感覚が、授業のおもしろさと印象深さに効いてくるんだよなあ。
他の故事成語についても、エピソードを絵本でユーモラスに表現し、レビューでツッコミをいれていく。
寺田寛明・作/紙谷俊平・絵
はまぐりが愛らしい。そして恥を忍んでここに告白するが、漁夫の利のエピソードにおける攻防の詳細を私は知らなかった。はまぐりの言い分も、はまぐりを食べようとするシギの言い分も、なるほどなあって思っちゃったよ。読んでよかった。
国語のテストで避けては通れない故事成語。でも、無理矢理がんばって暗記するなんて、もったいない。昔からずっと言い伝えられてきた実績があるのだし、絵本で読むとおもしろい。そして、咀嚼不能な謎エピソードは、素直に「謎だよね」とみんなでツッコミをいれながら、その世界を楽しめばいいのだ。やがて自分の言葉になっていくはずだ。
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori